彩のたまご

 女性の美しさを花になぞらえる吟遊詩人は多い。そういった意味で言えば僕は森でなく花畑の真ん中に立っている。

 色とりどりの花を髪に挿した娘達が、僕を取り囲んでいるのだ。


「レピくん、一緒に探しましょ?」

「ずるい、私も一緒に回りたい」

「じゃあ、みんなで行きましょうよ~」


 ディルやマイノのような本気モードの参加者以外は、単にお祭りを盛り上げるイベントの一環として楽しんでいるのだろう。

 配られた籠を持ち、着飾った娘達は、意中の相手と組んでデート気分で森の中を散策している。小さな子供を連れた親子連れの姿もそこかしこに見られる。

 とはいえ、僕もディル達と負けず劣らず本気だから、彼女らの誘いに乗る訳にもいかない。困った僕は、いつもの手を使うことにした。すなわち、にっこりと微笑んで、彼女達の後ろを指し示す。チラチラとこちらを窺う視線の中には、娘達を誘いたい若者のものも交じっているだろう。


「僕のようなお爺ちゃんと回るより、若い人と行った方が楽しいよ」

「お爺ちゃん?」

「やだ、レピくん、冗談ばっかり」

「見た目より年取ってるからね」

「じゃあ、お爺ちゃんの手を引いてあげるわ」


 確かに僕の見た目は少年の域から抜け出たばかりの若者に見えるかもしれない。でも実際は100年卵の中で過ごしてそれなりの時を経ているから、人間の年齢で言ったらお爺ちゃんだ。

 どうにも退く様子のない彼女達に困り果てていたら、後ろから誰かが声を掛けてきた。


「お嬢さん方、私がご一緒しましょうか?」


 振り向くと、そこには美しい男が立っていた。背が高く、細いながらも均整の取れた体つき、羽根飾りのついた幅の広い帽子を被り、細かな刺繍の入った天鵞絨ビロードのマントを羽織っている。背中にリュートと横笛を背負っているので、旅の吟遊詩人だろうか。

 帽子を取った彼が優雅な仕草でお辞儀をすると、肩までの波打つ黒髪がふわりと揺れた。切れ長の黒い瞳が娘達を見つめて優しく瞬く。誰かが思わず、といった風に溜息を漏らす。


「あ、ねえ……」


 娘達は吸い寄せられるように彼の元へ歩いて行った。誰でも参加できるとはいえ、初めて見る男について行くのは軽率な気がする。普段はしっかりしている彼女達もお祭りで浮かれているのだろうか。


「ご心配なく。この森は悪意のある者は入れないのでしょう?私はお嬢さん達と楽しくおしゃべりしたいだけですよ、王子様」


 男は恭しく会釈して、そのやけに赤い唇を優美に吊り上げて見せた。背中の辺りで何か厭な気配がゾワリと蠢いた気がしたけれど、その感覚の正体を探る前に、男は僕に背を向けた。色とりどりの衣装を纏った娘達を連れて。


 僕は彼に王子だと名乗っただろうか。

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