歌のたまご
不幸中の幸いというか、運が良かったのか、上空で弾けた爆発は、大した被害もなく派手な開始の合図となったようだ。
「カラフルな花を降らせるつもりだったのに!」
「……カラフルなのはお師匠さまの頭でしょう」
一斉に森の方へ走って行く街の人達を横目に見ながら、僕は呆れた息を吐く。悔しがっているお師匠さまの紅い髪はくしゃくしゃで、ところどころに花びらが散っている。どこをどうしたらそんな失敗が出来るんだろう。
僕はお師匠さまを壇の上に座らせて、後ろから髪についた花びらを丁寧に払った。いつもポケットに入れておく櫛を取り出して、その柔らかい髪に手をかける。
今回はどこも焦げたりはしてないみたいだけど、時々やらかすお師匠さまの髪を直すのは昔から僕の役目だ。もつれた部分を指で解いて、目の細かい櫛で根気良く
僕も魔法は一通り使えるから、一瞬で直すことも出来る。けどそれはやりたくない。だってお師匠さまの髪に堂々と触れるチャンスじゃないか。失敗はしてほしくない、でもそれと同じくらい期待もしてるなんて、彼女には言えないけどね。
「お顔を洗おう♪朝起きて♪髪の毛をとかそう♪こうやって♪」
お師匠さまは上機嫌で歌を歌っている。これは子供の頃、何もかも覚束ない僕の為に、身支度を手伝ってくれた彼女が歌ってくれた歌だ。懐かしい。
子供のように足をぶらぶらさせながら体を揺らすお師匠さまに合わせて僕も歌う。
「歯磨きをしよう♪朝起きて♪お着替えをしよう♪こうやって♪」
「んふふふふ」
「どうしたの?」
急に笑い始めたお師匠さまに、手が止まった。突拍子もないのはいつものことだけど、分からないことは何でもその場で確かめるのが僕らのルールだ。
「レピに髪の毛梳いてもらうの大好き」
「……だからってわざと失敗はしないでよ?」
振り向きざまの不意打ちの笑顔に、心臓が踊る。つい憎まれ口を叩いてしまった後に、少し哀しくなる。本当はこんなことを言いたいんじゃない。体は大きくなっても僕はまだまだ子供だ。
お師匠さまは分かっているとでも言いたげに翠の目を細め、僕の手を軽く叩いた。
「さあ、レピも行って。出遅れてしまったわ」
なんとなく後ろ髪をひかれる思いで、壇から降りると、上からそっと僕の頭を撫でたお師匠さまが、にこりと微笑んだ。
「期待してるわよ、私の王子様」
王子様なんて柄じゃない。でもお師匠さまに言われると、それも悪くないなんて思えてしまう。
それに「私の」ってどういう意味?お師匠さまのことだからきっと他意はないんだろうけど。
ドキドキして何も言えなくなって、僕は手振りだけで「がんばる」と返す。拳を胸の前で2回上下させる。それは僕がまだ口を利けなかった頃にお師匠さまと決めた合図だ。
檀の上に落ちた花びらに埋もれたお師匠さまは、同じように拳を握ってキラキラの笑顔を見せてくれた。
◇◇◇◇◇
参照曲
マザーグース
「桑の木の周りを回ろう Here we go round the mulberry bush」
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