花のたまご

 魔物除けと言っても、知能の高いものは竜の領域を侵すなんてことは絶対にしないから、時々迷い込んでくる小さい魔物か、はぐれフラムススくらい。

 フラムススは体毛が毒々しい紫色で牙がものすごく長い、猪みたいな形の魔物だ。見た目は怖いけど、肉は食用になるし、毛皮も牙も素材として使えるから、捕れたら町に売りに行くこともある。

 縦型の窯でこんがり焼いて薄く削ぎ切りした肉をパンに挟んだフラムケバブは、マイノの食堂でも人気メニューだ。


「誰かああ、お、お、お兄ちゃんを助けてくださあぁぁ、ぷぎゃっ!」


 泣きそうな、というか、号泣しながら家に走り込んできた少女が、ドア付近の床にひざまずいていたディルにつまづいて派手に転んだ。

 いや、転んだというか、ディルの背中に乗り上げて、そのまましがみついた。藁色の長い髪を三つ編みにして、くりくりした茶色の目をした可愛い女の子。マイノの妹、フローリアだ。

 豚の獣人マイノは5人兄弟の長男で、弟はアグリとグルーニ。妹はトリシャ、フローリアは末娘になる。


「フローリア、大丈夫だから落ち着いて。マイノが罠にかかったの?」


 僕が声を掛けると、彼女は泣きながら頷いた。動揺しているのかその間もディルの背中にしがみついているのにすら気づいていない。

 困った奴だなあ。何回もここに来てるのに、しょっちゅう罠に引っかかる。フローリアは普段町にいるから、今日初めてその姿を見たのだろう。


 小柄な少女を背中に止まらせた狼青年は、困惑した表情で僕とフローリアを見比べている。そこでフローリアはやっと我に返ったようで、真っ青になってディルの背中から離れた。


「あっ!ごごごごごごめんなさい!狼さん!食べないで!」

「いや、食べないが……?」


 ディルはゆっくり立ち上がり、怯えて身を縮こまらせている少女を見下ろした。心なしかそのワイルドで精悍な頬が赤く染まっているように見える。

 ディルは優しくて漢気があるけど一見ガラが悪いので、似たような連中には慕われるが、女性には怖がられることが多い。そのせいか驚くほど女の子に免疫がないのだ。

 おやおやおや?これは?僕は笑いをこらえてディルに告げた。


「ちょうどいいや、ディル、一緒に助けに行ってあげて。簡単な罠だから君でも解除できるよ」

「えっ!ええっと、自分がですか?」

「プギャーーー!助けてーーー!!」

「ほら、行って」

「まったく手間のかかる……」


 マイノの悲痛な叫びが後押しして、ディルは渋々といったていで少女の背中について家から出て行った。しかしその顔は満更でもなさそうで、僕はまた笑いが漏れるのをこらえることが出来なかった。


 春はそこまで来ているのかもしれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る