双子のたまご

「レピさまー!!」


 ズザァアアッと床の上を滑る大きな男が2人。声を揃えてスライディングした彼らは、そのまま額を床に擦り付けて平伏した。

 双子の狼獣人、ディルとレイだ。黒髪紅眼の方がディル、銀髪青眼の方がレイ。この2人は最初に会った時からこうだった。

 僕の父が治めている獣人の国の剣士で、少年の頃国を離れた2人は傭兵団に拾われて各地を転々とし、幾つかの偶然が重なって僕の元へ辿り着いた。


 何の力も持たない頃から必要以上に敬われて居心地が悪いことこの上ない。全ての獣人を統べているのは父の功績で、実力主義の獣人の価値観からしたら僕なんてただのひよっこだ。


「あの、2人とも……顔を上げて……。久しぶりだね」

「レピ様!いえ、クローロテス・マリスライト・ドラグーン様。お久しぶりでございます」


 ディルは舌を噛みそうな長い僕の本名を淀みなく吐き出しながら、感激に目を潤ませている。これは僕に掛けられた魔女の呪いを軽減してくれた精霊がつけてくれた名前で、「竜の碧き宝石」という意味だそうだ。なんだか自分じゃないみたいで気に入ってないとは恩人にはとても言えない。


「今まで通りレピでいいよ。元気にしてた?」

「はい!レピ様も魔女様もお変わりなく。レピ様、ますます麗しくなられて」


 多分レイは褒め言葉として言ってるのだろうけど、「麗しい」って言われても嬉しくはない。どうせなら「逞しい」とか「凛々しい」とか言って欲しかった。って僕が言ったらきっと希望を叶えてくれると思うけど、無理強いしても虚しいだけだ。


「魔女様、お招きありがとうございます」


 落ち着いた柔らかい声がして、出入口に目を向けると、そこにはレイのつがいアデーレと、その子供達が立っていた。アデーレは鷹の獣人で空も飛べるから王国との連絡役を請け負い時々この森にも飛んでくる。

 出会った時は真っ直ぐな黒髪と釣り気味の黒い瞳が印象的なキツい美人だと思ったけど、今ではすっかり落ち着いて優しげな母親の顔になっている。そんな彼女の足元には黒髪黒眼の狼の少女ララと、銀髪青眼の鷹の少年エイベルが纏わりついていた。


「アデーレ、ララ、エイベル」

「さあ、あなたたちもご挨拶しなさい」

「こんにちは、おうじさま」

「……こんにちは」


 ララは勝気そうな目を輝かせて、丁寧にお辞儀をした。弟のエイベルは人見知りなのか、アデーレのスカートの陰からおずおずと声を出す。

 王子様と呼ばれるのはくすぐったいけど、期待に満ちた少女の眼差しを裏切るのは申し訳ない気がして、僕はにっこりと微笑んでみせた。ララの子供らしい丸い頬が真っ赤に染まる。

 おっと、また声を出すのを忘れていた。同じく無言で僕の腕の中に収まっていたお師匠さまが、呆れたように僕を見上げていた。


「レピは罪作りねえ」


 そんなこと言われても、僕にはどうしようもない。どうやら人目を引く僕の姿は、女の子には魅力的に映るようで、お師匠さまと町に買出しや薬の卸しに行くと、あっという間に囲まれてしまう。


 僕らの住む森から近い町で食堂を営んでいるマイノなんかは「お前が来ると店が繁盛する」って喜んでたけど。


「そういえばマイノは?」

「ああ、あいつは店の仕込みが終わってから来るって言ってましたよ」


 ディルがそう言い終える前に、家の近くに仕掛けてある魔物除けの罠の方角から「プギャー!」というけたたましい悲鳴が聞こえてきた。

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