最終話 ずっと一緒に

「————逢奏さん!!」


 マンションの前には、もはや懐かしいとさえ感じる愛する人の姿があった。


 やっと、やっと顔を見せてくれた。


「逢奏さん————うわっ!?」


 呼びかけると同時、逢奏さんは駆け出して俺の胸に飛び込んできた。


「飛鳥くんっ、ごめんなさい! ごめんなさい私、最低だわっ……あなたを試すような、あんな……ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 美しい黒髪を振り乱し、ボロボロに泣き喚いて縋りつく。


「いいよ」

「え……?」


 華奢な身体を両手で強く抱きしめた。


「もういいから。何も言わなくていい」

「飛鳥くん……っ」


 言葉はそんなに重要じゃない。

 逢奏さんにとっては、俺がここに来たという事実が必要だったのだろうから。


 彼女が泣き止むまで、抱きしめ続けた。


「好きだよ、逢奏さん」

「うん、……私も好き。愛してる」


 ああ、幸せだ。

 彼女に愛を囁いてもらえるだけで、この1週間のことなど全てがどうでもよくなる。


 まったく、俺はとんだ都合のいいダメ彼氏だ。でも、それがいいや。


「っと、そうだ逢奏さん。俺にも、ひとつだけ謝ることがあった」

「え? 飛鳥くんが謝ることなんて何も……」


 いや、あるんだなぁこれが。


「ごめん、他の女とラブホ入った」

「(ピキッ)」


 逢奏さんから表情が失せる。


「い、いやでも、何もしてないよ!? マジで、ほんとに! 何もせず、女おいて金も払わずラブホを去るとか史上最低なことしてきたからね!?」

 

 慌てて言い訳。

 金払ってないのはマジでやばいな。


「あ、逢奏、さん?」


 黙りこくってしまった彼女の様子を窺う。


「はぁ……私に怒る資格なんてあるわけないわね」

「いや、怒ってくれ。ぜひ怒ってほしいです」

「なにそれ、変態っぽい」

「怒ってる逢奏さんも可愛いからね」

「もぉ、またそうやってからかう」


 逢奏さんはちょっと不服そうに頬を膨らませた。でもそれからすぐ、破顔する。


「ふふっ、なんだか久しぶりね。こういうやりとり」

「そうだね」


 笑い合えて幸せだ。


「さて、それじゃあ行きましょうか」

「え? 行くってどこへ?」

「……ホテル」


 恥ずかしそうに頬を染めて、俺の手を引いてくる。


「ぜんぶ、上書きするから。覚悟しなさい」


「…………はーい」


 大人しく従って、ラブホを目指した。




 ☆




「……どうだった?」

「最高でした」


 行為を終えて裸のままベッドに寝転んでいる。


「逢奏さんは、その……どうでした?」

「私? 私は、そうね……ヒミツ」

「えー? それはズルい。俺は言いましたよ?」

「だって恥ずかしいじゃない。……それに、私の気持ちは、エッチのときにじゅうぶん伝えてるはずだもの……」


 ごにょごにょと小さく呟いて、布団で顔を隠してしまう。

 だけどやがて意を決したように真っ赤な顔で出てきて、耳元にささやく。


「飛鳥くん」

「へ?

「私も、とても気持ちよかったわ♡」

「…………っ!?」


 まったく、この人は……


「——きゃっ、飛鳥くん!?」


 俺は逢奏さんに覆い被さると、問答無用でキスをした。


「あ、飛鳥くんそんな、いきなり……♡」


 2回戦なんて余裕だった。

 


 ・


 ・


 ・



 ピロートーク2周目。

 時間はかなり経って、もう深夜になっていた。


「ねぇ、こんなときにする話じゃないと思うんだけれど……聞いてほしい話があるの」

「なんですか?」

「私の……過去。誰にも話したことないけど、飛鳥くんには知っていてほしい」


 先程までトロけていたのが嘘みたいに表情を引き締めて逢奏さんは言う。 


「ずっと一緒にいるために。私のすべて、飛鳥くんに見せたいの」

「逢奏さん……」

「……ごめんなさい。重い、わよね」

「そんなことないですよ。聞かせてください、ぜんぶ。聞きたい」

「……ありがとう」


 そうして逢奏さんは語りだす。


 俺の知らない過去の物語。


 彼氏がいたこと。それはずっと時間を共にした幼馴染だったこと。その彼を、心ない人たちに奪われたこと。それ以来、ずっと心を閉ざしていたこと。俺に出会ったこと。好きになったこと。絶対に離したくなかったこと。

 そんな時に、捨てたはずの過去に、彼に再会したこと——。


「どう、思った?」


 全てを語り終えて、彼女は不安げに瞳を揺らす。


「さぁ、なんとも」


 言えることはひとつだ。


「俺があのとき誓った気持ちは変わらない。ただそれだけです」


「飛鳥くん……」


 布団の中で指を絡ませ合う。

 気持ちはたしかに繋がっていた。


「私も、変わらない。だから……」


 逢奏さんはしっとりと、最高の笑顔を浮かべる。

 

「Stay by my side forever. ずっと、永遠に、私のそばにいてね」


「もちろん」


 たとえそれが御伽話だとしても、永遠の約束はあっていいんだ。


 だって俺は、それを本当にする。その気概があるのだから。




 ☆




 時は少し流れて、8月初旬——


「はー! 終わったー! 俺は自由だー!」


 最後のテストが終了して、俺は叫ぶ。


 これから大学生の醍醐味、長い長い夏休みが始まる!!


「あはは、相変わらず元気だねぇ飛鳥は」


 翔が朗らかに笑う。


「元気じゃねぇよもうガンギマリよ!?」

「まぁずっと徹夜してたらねぇ」


 何本のエナドリが犠牲になったことか。


「だが、恋人と過ごす初めての夏休みだ! これがテンションぶち上げないでいられようか!」


「そりゃま、そうだよね」


「おう!!!!」


 今が人生の絶頂。

 きっと社会人になってしまったらもう、ここまで楽しいだけの日々には巡り会えない。

 だから心ゆくまで楽しまなければ。


「僕もたまには遊び誘うから、よろしく」

「え、お、おう……まぁ、たまに。めっちゃたまにな、うん」

「すっげえ嫌そう。傷つくなぁ」


 呆れた様子で両手を広げる翔。


「よかったら夜噺先輩も連れてさ」

「え? 逢奏さんも?」

「僕だって、親友の彼女さんに少しは挨拶したいしね」

「ま、まぁそういうことなら……」


 翔のことは信頼している。

 俺もいつかは紹介したいと思っていた。


「逢奏さんが良いって言ったらな」

「うん、よろしく」

「常時アイマスク着用でよろ」

「そりゃひどい」


 そんな無駄話をしたのち、俺はひとりで講義室を後にした。

 同期たちはみんな仲のいい連中で今夜の飲み会の話などをしているのが、俺には関係ない。


 俺が目指すの場所はただひとつ、恋人の元だ。


「逢奏さん! おつかれ!」

「飛鳥くんもお疲れ様」


 ひと足先に待っていてくれた恋人と合流する。


「テストはどうだった? まさか落としてないでしょうね?」

「だ、だだだ大丈夫ですよ? たぶん? きっと……?」

「不安だわ……」

「い、いや、俺なりに頑張りましたよ!? 人生で1番勉強したもん!」


 それでも元がひどい成績なもので、胸を張れる出来ではない。


「そうね。いっぱい一緒に勉強したものね。きっと大丈夫だわ」


 にこりと笑ってくれる。


「逢奏さーん!」


 途端に甘えたくなって縋り付く。


「あら。もぉ、人目があるわよ?」

「俺たちには関係ないですよぉ」

「ふふっ、そうね」


 逢奏さんは俺の頭に手を乗せる。


「よしよし。がんばったわね。お疲れ様」

「うおーんっ」


 たっぷりと甘やかしてもらった。


 その後、ふたりで帰路につく。

 本当はさっそくデートといきたかったのだが、逢奏さんにエナドリ生活がバレてしまって却下された。不甲斐ないばかりだ。


 今日は逢奏さんの部屋でゆっくりするつもり。お家デートも悪くない。むしろ落ち着く。


「逢奏さん逢奏さん。夏休み、どこ行きましょうか」

「どこでもいいわよ。あなたと一緒なら」

「またそういうこと言うー」

「だって、ほんとなんだもの」

「じゃあ海、またはプール」

「水着が見たいだけでしょう、それ」

「もちろん!」


 俺はいつでも欲に忠実だ。


「もぉ、仕方ないわね」

「いいの!?」

「あなたのためだけに、とっておきの水着、用意してあげる」

「おぉ……!!」


 マジかよ……わざわざ新調して!?

 どんなかなぁ。大胆にビキニか、それともパレオとか。セクシー系か、可愛い系か。どっちでも似合うのが逢奏さんの魅力だよなぁ。ぐふふ。

 妄想が無限に捗った。

 

「そうだ、旅行とかも行きたいですよね」

「いいわね。ちょっと遠くまで行ってみる?」

「そうそう泊まり込みで! たとえば温泉旅館とか!」

「……なんか急に思惑が透けてきたわね…………まぁ、いいけど♪」


 浴衣! 貸切混浴! 


「あ、そうそう。そういえば翔のやつが逢奏さんに会いたいとか言ってましてね————?」


 どこまでいっても話題は尽きない。


「楽しいことばかりですね」

「ええ。人生で1番楽しい夏休みが始まるわ」 


 ああ、俺たちのこれからはこんなにも明るく輝いている。


「ずっと一緒にいましょうね」

「はい。もう一瞬だって離しません」

 

 俺たちはずっとふたり、手を繋いで歩いてゆく。


 どこまでもどこまでも。遥か先の未来まで。


 証明していこう。永遠ってやつを。

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絶対にデレない大学1の美少女はかつて恋人をNTRれたらしい。〜不良から助けたのをきっかけに重めの甘デレ始めました〜 ゆきゆめ @mochizuki_3314

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