第23話 遅すぎた告白

「せーんぱい」


 逢奏さんのマンションへ向かっていると、ふいに声を掛けられた。


「は!? らぶ!? おまえ今までなにして————」

あいって呼べって言ってんだろー!!」

「だからライダーキックはやめい!?」


 足を振り上げ突っ込んできた昔からの後輩、一宮愛いちみやらぶを慌てて受け流す。


「いや、おまえ2週間ぶりか? あれから何度連絡しても返事ねぇし……心配してたんだぞ? 一応」


「ごめん、鬱ってた」


「正直すぎる……」


 愛の過去を知る俺にとって、それはあまり冗談に聞こえない。

 彼女は天才イラストレーター。幼いころから類稀なる才能を宿していた彼女には、それなりに悩みが多いのだ。


 しかし、今回に至っては……。


 思い出すのは、先日の騒ぎ。


「でもね、せんぱい。引きこもったままじゃ、何も変わらないから」


 愛はまったくもって似合わない真面目な瞳でこちらを見据える。


「覚悟、決めたよ」

あい……」


 ああ、ようやく気づく。


 これが俺の最終ラウンド。


 いや、唯一の本物だ。


 俺もまた、らしくなく表情を引き締める。


「言うね」

「ああ」


 覚悟はできた。あとは待つだけ——。


 

「好き」



 純粋な言葉はそよ風のように心地よく、吹き抜ける。


「好きだよ、せんぱい」


 今までずっと知らなかった。気づかなかった。


 愛は俺にとって、馴染みのある可愛い後輩でしかなかった。


「ずっと言えなかった。ううん、言う必要があるとさえ思ってなくて。そもそも私自身、恋心を自覚していたかもわからないけれど。何も言わなくてもせんぱいはずっと側にいてくれるんだって、そんな傲慢なこと思ってて……」


 愛の瞳から雫がこぼれ落ちてゆく。


「いざせんぱいに彼女さんができたと知ったら、私……苦しくて、死んじゃうかと思った……」


 ギュッと胸を抱く愛の姿は本当に切なそうで、儚くて、胸を締め付ける。


「だからお願いします」


 そして愛は、折り目正しく腰を折り、頭を下げる。


「天才すぎてひとりぼっちの私にはせんぱいしかいません。私とずっと一緒にいてください」


 俺が女の子に正面から告白されたのは、これで2度目。


 この5日間は散々言い寄られたけれど結局、全てを跳ね除けた。

 バカだなぁあいつら。

 俺にはあんな艶やかな誘い文句なんかよりずっと、こんな下手くそな告白が効くというのに。


 心が揺れる。叫んでいる。泣いている。


 しかしこれは、2度目。


 1度目は、あの人だった。


 俺たちは何もかも、遅すぎたのだろう。たったひとつ順序が入れ替わっていれば、答えは変わったかもしれないのに。


 俺の本当に深い部分はもう、最愛の人しか触れることを許されない。


「ごめん。あいと一緒にいることはできない」

「そっ……か……そうだよね」


 愛の表情から淡い期待が抜け落ちてゆく。


「ごめんね、変なこと言って」

「いや……」


 なんて言ったらいいかわからない。こんな時ばかり、いつも無駄に回るはずの舌は役立たず。

 それとも、俺から掛けられる言葉など存在しないのだろうか。


 愛はふらふらと空を見上げて呟く。


「あーあー、せんぱいったらバカだなぁ。ほんとーに」

「え?」

「この天才愛ちゃんと一緒になれば、一生ヒモ生活させてあげたのにー」

「それはたしかに魅力的だな」

「うん。だから、ばーかばーかばーか。せんぱいのウルトラばーか」


 ベーっと舌を出すと、俺に背を向けた。


「私、大学やめる」

「え、おい……それは……」

「せんぱいのせいじゃないよ。元から私の行くべき場所じゃなかった。ただそれだけ」


 イラストレーターとして自立する愛にとって大学の勉強なんて必要なかった。それでも彼女が進学した理由など、すでに明白だ。


 ああ、俺だって、嬉しかったのにな。生意気な後輩が同じ大学に来ると知ったとき。


 何もかも噛み合わないな。


「私はこれから天才イラストレーターとして、描いて描いて描きまくる! せんぱいがくれたこの感情を、このセカイに描き出すんだ!」


 宣誓するように愛は夕焼けへ向かって叫ぶ。


 そして、顔をこちらに向けた。


「だって私は女の子である前に、クリエイターだからね」


 泣きすぎて真っ赤になった瞳は、感情を糧にメラメラと燃ゆる。


「さようなら、せんぱい」


 愛が走り去り、俺はその場にひとり残される。


「ああ、いってぇ…………」


 胸を押さえ込み、歯を食いしばる。

 最後の最後でひどい置き土産を喰らったものだ。


 これでようやく、全てを乗り越えた。


 

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