第21話 勝ち

 あれから幾人もの女性からアプローチを受けた。その誰もが魅力的な美少女たちだ。


 もはや女難週間だなぁ。

 いや前向きにモテ期とでも思おうか。あと1ヶ月ほど早ければよかったのに。


 ということでその全てを跳ね除け、4日が経ち、金曜日を迎えていた。


 今日が終われば、この一連の全てが終わるのだろうか。


 逢奏さんとは結局、一度も会えていない。


 だけどまぁいいさ。

 気持ちと行動の指針がはっきりしたことと、4日という何かしらの期限を得たことで心には多少の余裕が生まれていた。

 

 俺は俺らしく、過ごせばいい。


 

 2限から授業を受けて、4限。

 翔はこの授業を取っていないので、ひとりで席に座っていた。


「ここ、いい?」

「どうぞ」


 長机の隣に美少女が座る。


 まぁ、席もそんなに空いてないしな。机を1人で占拠するような贅沢はできない。


「初めましてだね、八城くん」


 当たり前のように話しかけてくる美少女。


「初めましてなのに俺の名前は知ってるんだな」

「キミって有名だからね。許してよ」

「べつにどうでもいいけど」


 たしかに今や俺を知らない生徒はいないだろう。合コンの件以上に、大学1の美少女の彼氏として。


「私は日向結朱ひむかいゆず。よろしくね」

「この授業が終わるまでな」

「うーんつれない反応。こりゃ手強いわけだ」

「……?」


 これが最初ならもう少し面白い反応もできたんですけどね。

 今の俺は無口なクール系でやらせてもらってるんだ。


「私さ、キミのことけっこう気になってるんだよね〜」

「はぁ」

「大学1の美少女を落とした男の子は一体どんな色男なのかってね」


 美少女改め、日向は俺のことを念入りに観察してくる。その様子はたいした思惑もなく、単純な好奇心で動いているように見えた。


「……案外、ふつうだね」

「うるせぇよ」

「顔面偏差値はいいとこ50? あ、かなり甘めねこれ」

「マジでうるせぇ」

「でもちょっーと生え際が気になるかな。この遺伝子はもらいたくないかも」

「……もう黙ってくれない?」


 その話題だけはいただけない。キレちまうぞ。


「細身だけど筋肉はかなりあるみたい。夜噺逢奏ってもしかして筋肉フェチ?」


 勝手に二の腕を触ってくる。


「じゃあ、エッチのときは意外と力強いんだろうね。気持ちよくしてくれそう」

「…………っ!?」


 いきなり何言ってんの!?


「こういう話題には初心、と。なるほどちょっとキュンときた」


 会話のキャッチボールは拒否しているというのに、少しずつ内面が暴かれていく。

 日向は人懐っこい笑顔を浮かべながら、こちらの懐へと入り込んでくるのだ。


「……もう授業始まるぞ」

「ありゃりゃ。じゃあまた、授業後に」


 その言葉の通り、授業中にちょっかいかけてくることはなかった。


 授業後——


「ちょっと待ってよ〜。置いてくことないじゃん」

「着いてくるな。そもそも連れじゃない」


 やはりというか、日向は俺を追ってきた。


「いいじゃんいいじゃん。遊び盛りの大学生にお友達は大事だよ〜? 一期一会!」

「………………」

「どう? これから呑み会とか。もちろんサシで」

「………………バイトあるんで」


 日向を振り切り、歩く速度を速める。


 授業前は席のせいで致し方なかったが、これ以上付き合う義理もない。

 これで今日の授業は終わり。逢奏の元へ向かおう。


「はぁ〜、ダメだねこりゃ。脈なし。自信なくすな〜」

「は?」


 諦念たっぷりのその台詞に、思わず振り返る。


「まぁ、大学1の美少女様が相手じゃ、私なんてこんなもんか」

「……潔いんだな」


 今日までに寄ってきた女には、もっと強引なやつもいた。その時は全力疾走で逃げたが。


「自分の身の丈はわかってるつもり。それとも……諸々すっ飛ばして、エッチしよって言ったらオーケーしてくれる?」

「むり」

「あっはっはっ。へっこむー」


 豪快に笑う彼女は、不思議と先ほどまでよりも魅力的に映った。


「でも、けっこう好きだなぁキミみたいな子。危うく本気になっちゃいそう」


 やはり、少しだけ胸が高鳴るのがわかる。悔しいが男の性質だ。


「これで終わりなのか?」

「うん、そうだね。私が最後。つまり、キミの勝ちだ」

「はぁ……?」


 勝ち?なにが?

 思わぬ返答に考えがまとまらない。


「ということで、ちょっぴりキミに肩入れしちゃおっかな。本物の王子様だったキミにはその権利がある」


「は? え? なに?」


 日向は俺の手首を掴んで走り出す。


 連れられたのは、近くの校舎裏だった。


「いたいた。やっほー」


 そこには見慣れない男がいた。


「のぞき見とかほんと趣味悪いよね」


 おそらく同年代だろうが、この大学の生徒ではないのだろう。


「じゃ、あとはおふたりでどうぞ。本物と、偽物のふたりで」


 またね八城くん、と日向は俺にだけ笑いかけてこの場を去った。

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