第19話 どうして
カラオケに戻って店員に尋ねると、スマホはすぐに見つかった。
急いで逢奏さんと別れた場所へと戻る。
「逢奏さん————あれ……?」
見当たらない。
どこかべつの場所に移動したのだろうか。
そんなに時間は経っていないからあまり離れてはいないと思うのだが……。
取り戻したばかりのスマホを取り出し、メッセージアプリを起動する。
どこにいるか聞こう———そう思ったのだが思い留まり、より早い対応を求めて電話した。
呼び出し音が長い。
少しずつ心に焦りが生まれる。
数十秒後、幸いにも通話は繋がった。
「あっ、もしもし、逢奏さん!? すみません、今どこに————」
思わず捲し立ててしまった、そのとき、薄暗い物陰の方から女性が歩いてくるのが見えた。
黒いフレアスカート。片手には通話中らしきスマートフォン。俯いていて顔はよく見えないが、逢奏さんに違いない。
俺は通話を切って駆け出した。
「逢奏さん! よかった!」
心底安心して声をかける。
「どこに行ってたんですか? あ、いや俺が悪いですよね。ほんとにすみませんデート中にほったらかして……」
しかし逢奏さんは返事をしてくれない。
やがて無言のまま、ふらっとバランスを崩した。
「逢奏さん!?」
慌てて抱き止める。
「飛鳥、くん…………」
ようやく逢奏さんは俺の存在に気づいたみたいに視線を寄せてくれる。
「ごめんなさい……私、ちょっと、体調が良くないみたい……」
「え……?」
よくよく見れば逢奏さんの顔はひどく真っ青で、血の気が失せて見えた。身体は小刻みに震えていて、明らかに普通じゃない。
「飛鳥くん……ごめんなさい。ごめんなさい……」
掠れた声で小さくそう繰り返す彼女を、俺は家まで送り届けた。看病までさせて欲しかったのだが、「大丈夫だから」の一点張りで追い返されてしまった。
部屋の外に1人で立ちつくす。
あたりはすっかり夜の暗闇に包まれていた。
————どうしてこうなった?
デートは順調だったはずだ。
あんなにイチャイチャできて、逢奏さんも楽しそうで、喜んでくれて……。
後は少し背伸びで予約した高級レストランで食事して、いい雰囲気の中、初めてのホテルへ赴くはずだったのに。
————どうしてこうなった?
いくら逢奏さんに呼びかけても答えはこれ以上何も帰ってこず、どうすることもできなくて、俺はそのまま帰宅した。
☆
飛鳥くんと別れた後、私は部屋の灯りを付けることさえ忘れて、ベッドの隅で縮こまっていた。
「信じてる信じてる信じてる信じてる信じてる……大丈夫。大丈夫よ。何も心配いらない。彼は、彼だけは私を裏切らない……裏切ったりなんかしない。だって、だって誓ってくれたもの。私だけを見てくれるって。私だけ。私だけ……だから……だから……ぁ……っ」
信じているはずなのに。
どうしてこんなにも胸が痛くて苦しくて、不安で怖くて仕方なくて、罪悪感は湧き上がるばかりで……
「————————っ」
どうしようもなく、吐き気を催すのだろう————。
☆
「……………………」
週明けの講義室で、俺はスマホの画面を見つめていた。
今朝から何度も逢奏さんへメッセージを送っている。
返信は一応あった。
しかし『まだ体調が優れないので、しばらく大学をお休みします』の一言のみ。
それ以降、眠ってしまったのかどうなのか、返信が来ることはなかった。
「まぁ、体調が悪いんだから仕方ないよな……」
むりやり自分を納得させる。
こういう時、彼氏はどうすればいいのだろう。
荒事とかなら、あの日のように考えなしに突っ込むこともできる。
しかし今は、筋肉など全く役に立たない状況———いやそもそも、これがどういう状況なのか、俺は理解できていない。
逢奏さんの体調が悪いというのは、あの時の顔色からも事実だと感じる。
だったら数日後にはいつも通りに戻るのだろうか。体調が良くなった逢奏さんがまた笑ってくれて、またデートに行って、イチャイチャして……。
本当に?
今の彼女はまるで、俺を遠ざけたがっているような……。
そう思うと、心臓がギュッと締め付けられた気がした。
「どうしたの飛鳥、なんかあった?」
いつのまにかやって来ていた翔が問いかける。
「ん、まぁ少し……」
「まさか彼女さんに振られたとか?」
「そんなわけないだろ」
「ならよかった」
少しだけ自信のない自分が嫌になりそうだった。
こんなの、俺らしくない。
・
・
・
講義後は、今日も居酒屋バイトだ。
一応、逢奏さんの家に寄ったが、入れてもらえなかった。
「今日は客、こねぇな」
大将が少し悲しそう?に呟く。
「そっすねぇ」
今日は墨染さんもおらず、大将と2人きり。
間が持たないかと思ったがしばらく時間が経つとチラホラと客がやってきて、仕事に集中し始めたのだった。
「いらっしゃいませー」
暖簾をくぐった新たなお客の元へ駆け寄る。
(女の人……1人か。珍しいな)
そう言えば、逢奏さんが来てくれたこともあったなと思い出す。
まぁ、目の前の女性は体調不良の彼女であるはずもなく、知らない人だったが。
長い黒髪で大人っぽく、逢奏さんに雰囲気が少し似ているのが歯がゆいような気持ちを加速させた。
「カウンターでよろしいですか?」
「うん、よろしく」
「こちらへどうぞ」
逢奏さんが来た時と同じように案内する。
それから注文を取って、戻ろうかというとき。
「ねね、おにーさんカッコいいね」
「え?」
お姉さんがイタズラっぽく声を掛けてくる。
「でも、ちょーっと暗い顔。もしかして、何かあった? よかったら話、聞いてあげよっか」
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