第18話 ご褒美

 続いてやってきたのは、カラオケボックスだ。

 逢奏さんは来たことがないということで、デートプランに組み込んでみた。


「ここがカラオケ……」


 個室に入ると、逢奏さんは興味深そうに周囲を見渡す。


「どうですか? 感想は」

「狭いわね」

「おう……」


 パーティルームとかにしてもらえば良かったかな。

 2人組として通された部屋は確かにかなり手狭だ。逢奏さんの部屋は広いから、余計にそう感じてしまうだろう。


「でも、落ち着くわ。ふたりだけの空間って感じ」


 逢奏さんは俺のすぐ隣に座って、擦り寄ってきた。

 

「ふふっ♪」


 その様子はとても楽しそうだ。

 どうやらあまりネガティブな感想を抱いたわけでもなかったらしい。


 それからドリンクを用意して、簡単なスナックを頼んだりしてから選曲に移る。


 当然、まずは俺が歌おう。


「逢奏さんはふだんどんな曲を聴きますか?」


 なるべくならお互い知る曲のほうがいいだろう。


「クラシックね。聞いているとすごく落ち着くから」

「そ、そうっすか」


 カラオケでその選曲はないですね……。


「……こ、これとかどうです? 知りません?」


 アニソンとかは論外なので、適当に最近流行っている曲をリクエストしてみる。


「あ、うん、これなら知ってる。いい曲よね」


「よっし。じゃあまずはこれにします。俺の全力歌唱をどうぞお聴きください!」


 俺はマイクを持って立ち上がる————つもりだったのだが、逢奏さんが絡みついているためそれは叶わなかった。


 座ったまま、片手にマイク、片手に逢奏さんだ。


(いや、べつにこの状況に文句はないんだけど……むしろ嬉しさまであるけど……)


 逢奏さんがめっちゃ見てる。俺の顔をマジマジと見つめていた。


 人前で歌うことになんら抵抗感のない俺だが、これは正直、かなり緊張する。


 俺って歌ってる時、どんな顔してるんだ? キモくないかな?

 生まれて初めてそんなことを考える。


 しかしどうすることもできないまま、曲が始まった。


「〜〜♪」


 歌っている間もやっぱり逢奏さんの視線を感じた。

 それでも彼女の手前、俺は完璧に歌い上げた(つもり)。


「えと、どうでしたか?」


 恐る恐る尋ねるが、なかなか返事がない。


「あれ? 逢奏さん?」

「…………あっ、ご、ごめんなさいっ。ちょっと、ボーッとしちゃって……」


 逢奏さんは取り繕うように視線を外す。頬にはしっとりと赤みが差していた。


「飛鳥くんの顔がかわいかったから……」

「え、か、可愛い?」

「ええ。頑張って歌う飛鳥くん、とっても可愛いわ。見惚れちゃったもの」


 これは喜んでいいのか?

 キモいと思われなかったのは幸いだが……。


「もっと見たいな。飛鳥くんの歌ってるところ」

「……!! お任せください!! ここからは俺メドレーですよ!!」


 逢奏さんがそれを望んでくれるのなら、俺も嬉しいと思っていいのだろう。


 10曲連続で歌った。

 

「はぁ、はぁ、少し、休憩を……」

「すごいわ飛鳥くん。歌も上手いし、やっぱり、格好いいのね(バチパチパチパチ)」

「……!!」


 拍手しながらそう言われると、チカラが漲ってきた。

 やはり男は格好いいと言われたい生き物だ。


「まだまだ歌えます! 逢奏さんのためならいくらでも————です、が!!」


 俺はまだ未使用のマイクを手に取って、逢奏さんの方へと差し出す。


「逢奏さんの歌も聞いてみたいんですが、どうでしょうか」


 彼氏としてはやっぱり、彼女の歌が聞いてみたい。それがホンネだ。


「え、わ、私? 私はちょっと……人前で歌ったこととかないし、下手だし、恥ずかしいわ……」


 イヤイヤと首を振られてしまう。

 

「そんなこと言わずに! 逢奏さんの歌声で俺の寿命は3年伸びますので!」

「そ、そんなに……?」

「そんなにです!」


 欲望に従うときはもう、押せ押せだ。

 逢奏さんなら俺のわがままを聞いてくれるのではないかという甘えもある。俺はその彼女の優しさに全力で乗っかるのみだ。


「わ、わかった……じゃあ、一曲だけね?」

「マジですか? ひゃっほ〜〜!!」


 渋々ながらマイクを受け取ってくれる逢奏さん。


「でも、ひとつ条件」

「条件ですか?」

「うん……その、歌い終わったらね……私に、ご褒美ちょうだい?」


 そう言うと逢奏さんはリモコン機器を弄って、選曲を開始する。


「逢奏さん、ご褒美って、何をすれば……」

「私が喜ぶこと。………………わかるでしょ?」


 甘えるように囁いた直後、曲が流れ始めた。


 定番のラブソングだ。


 逢奏さんは逃げるように俺から離れて、端っこの席で、マイクを握り込んだ。

 

「……♪」


 恥ずかしそうに真っ赤な顔で歌う逢奏さんの声はすごく小さくて細い。

 だけど元から声質はありえないほど綺麗だし、音程もバッチリでめちゃくちゃ上手かった。下手なんてそんなわけない。何より、歌詞に気持ちを乗せてくれているのが伝わった。


 こんなものを歌われてしまったら……。


「(パチパチパチパチパチ‼︎)」


 曲が終わると、俺はあんまり茶化すのも違うと思ってただただ盛大に拍手する。


 そして、その余韻のままに俺は逢奏さんの元へと駆け寄って————


「……………んっ」


 キスをした。


「ご褒美です。これでよかったですか?」

「ん……でも、もっと、して? 数えきれないくらい、たくさん」

「欲張りですね、逢奏さん」

「うん、飛鳥くんからのご褒美……もっと、欲しい……♡」

「何度でもしてあげますよ」


 非常に残念だが、歌うのはこれで終了だ。

 残りの時間はずっと2人で抱き合って、キスを繰り返していた……。



 支払いを済ませて、カラオケを出る。


(時間的にはちょうどいいくらいかな……?)


 そろそろ夕日が沈みゆく。

 ここからは夜の時間。夕食にはレストランを予約してあった。


 スマホで時間を確認しようと、ポケットをまさぐるが……


「あれ、ない。どこにもない!」

「飛鳥くん? どうかした?」

「すみません、スマホをカラオケに忘れたかもしれません! ちょっと取ってきます! ここで待っててください!」


 慌ててカラオケへ引き返した。




 ☆




 飛鳥くんの背中が遠くなっていく。



「どうしましょう……」


 待っていてと言われたけれど、1人でいても手持ち無沙汰だ。

 ゆっくりでも彼を追いかけようか。


 そう思ったときだった。


「やっと見つけたぜ、逢奏」

「え……?」


 建物の影になった暗がりから男が1人、こちらへ向かって歩いてくる。

 

「オレだよ、オレ。なぁ、覚えてるだろ?」

「あな、た、は……」


 すべてを理解して、身体がワナワナと震えた。


「オレたち、恋人だったもんな?」


 過去は、未だに私を逃してくれない。

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