第17話 ふたりだけの大切

 クレープの次は電車に乗って、ちょっぴり煌びやかな街へやってきた。

 駅から数分歩くと、目的の場所へと辿り着く。


「ここって……アクセサリーショップ?」

「その通り。だけど、ただアクセサリーを買うってわけじゃありません」

「……?」


 逢奏さんは首を傾げる。


「ここはアクセサリーも売ってるんですけど、それだけじゃなくて体験工房があるんです」

「体験工房……それって、アクセサリーを作らせてもらえるの?」

「はい。だからですね、その……」


 あれ? ちょっと待てよ?


 これは今回のデートの中でもラブホの次に大事と言っていいイベントだ——ったのだが、


(これってもしかして、めっちゃ重いんじゃ……!?)


 初デートに相応しくない……?


 突然そんな考えが脳裏をよぎって、不安になってしまった。


 しかし、喉まで出かかった言葉は止まってくれない。


「その……ペアリングを作れたらなと、思いまして……」

「ペア……リング」


 逢奏さんは少し神妙な顔で俯く。

 瞬間、俺の口は高速で言い訳のような何かを捲し立て始めた。


「あ、いや、えっと、逢奏さん、俺と付き合い始めたあたりから左手の指輪外したじゃないですか……!? 左手薬指の指輪はたしかに『男避け』の意味で付ける人もいますが、恋人がいる場合それは『ふたりの愛を深める』という意味でして……!?」


 やばいやばい何かめちゃくちゃ恥ずかしくてキモいこと言ってる……!

 いや、しかし……ええいもうどうにでもなれだ! 考えてたことぜんぶ言ってしまえ!


 恋人同士なんてキモいことしてなんぼだろ……!!


「それで、もし良かったら、俺の作った指輪をはめてくれないかなって……いや、俺はまだ社会にも出てない学生で、金もないし、たいしたものは贈れなくて、婚約指輪、みたいな……そんな大それたペアリングにはできないんですけど……ただ、なんというか、恋人の証にできたらって、思ったんです」


 言い切った。

 逢奏さんは相変わらず下を向いたまま、表情が見えない。

 しかし、次第に肩がぷるぷると震え出して……?


「ふふ。あははっ」


 笑い出した。


「あ、逢奏さん!? な、なんで笑うんですか!?」

「もぉ、何をそんなに慌ててるの? あなたがそんなに不安そうなの、初めて見たわ。ふふふっ。あーおかしい」


 逢奏さん心底可笑しそうに笑うと、俺の方へ綺麗な手のひらを差し出す。


「ほら、はやく入りましょ?」

「え……? いいんですか?」

「当たり前」


 宙を彷徨いかけていた俺の手を逢奏さんはギュッと握り込んだ。


「こんなことを考えていたなんて予想外で、ちょっとびっくりしたけどね。でも、それ以上に、すごくすごく嬉しい」


 にっこりと微笑む。


「私があなたに、特別なリングを作ってあげる」

「と、特別な……」


 恥ずかしくなる響きだ。


「だから私には、あなたの愛を込めたリングをちょうだい?」


 もっと恥ずかしくなる響き……


「もちろん、愛を込めてお作りします!」


 俺は自信を持って答えた。


 体験工房へ2人で入店する。


「いらっしゃいませ〜」

「ペアリングの体験を予約していた八城です」

「八城様ですね。お待ちしていました。では、こちらへどうぞ」


 ペアリングの制作は1時間ほどで終了した。


 作った指輪はすぐに持ち帰ることができる。


 今回はお互いの希望もあり、指に付けさせてもらうことにした。


「どうぞ、逢奏さん」

「ええ、ありがとう」


 逢奏さんの指にスッと、シルバーの指輪を通す。

 指輪には、お互いの名前と、メッセージが一言綴られている。

 制作段階でメッセージはまだ秘密にしていた。

 俺が綴ったのは『LOVE』。

 直球すぎて恥ずかしいような気もするが、学がないので気の利いた言葉は浮かばなかった。

 逆に俺らしいと思っておこう。


「……綺麗」


 うっとりと呟いた恋人の姿を見るだけでも、ここに来て良かったと思えた。


 続いて俺は逢奏さんから受け取った指輪をはめて、改めて文字を確認する。


『Aika♡Asuka. Stay by my side forever.(逢奏から飛鳥へ。永遠に私のそばにいてね)』


 まったくこの人は、どれだけを俺を虜にすれば気が済むのだろうか。

 


 その後は、せっかく街中へやってきたので少しウィンドウショッピングをしていくことに。


 逢奏さんの希望に従って、雑貨屋へ入った。


(けっこうカップルの客、多いな……)


 隣を見ると、自分もその中の一つなのだと自覚する。また、左手に輝く指輪が見えて胸がウズウズした。


 やがて逢奏さんはまるで引き寄せられるようにして小物をひとつ、手に取る。


「マグカップ?」

「見て見て」


 逢奏さんは持っていたピンクのマグカップを陳列棚に戻すと、そこにあったもう一つ、水色のマグカップとくっ付けて並べて見せる。


 すると2つのマグカップの模様が繋がる。


「あ、ハートですね」


 これはいわゆる、ペアマグカップか。


「すごくかわいい……♪」


 そして、先輩の趣味にドッキュンだったらしい。


「ね、ね、買いましょう? 私の部屋に置いておいて、今度からは一緒に使うの。いいでしょ?」

「ぜひ買いましょう」


 悩む余地などない。即決だ。


「ペアリングに、ペアマグカップ……ふたりだけの大切なもの、たくさん増やしていきましょうね♪」


 この上なくいい買い物ができたと思う。

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