第16話 甘ーいクレープ

 ついに週末がやってきた。

 今日は初めてのデートだ。

 

 俺は翔コーディネートの服に身を包み、昼頃に逢奏さんの家へ向かった。


 すでに慣れた手つきでロックを解除してもらい、エレベーターに乗る。

 最初に来た時はあんなにも緊張して動けなくなったというのに、人間どうなるか分からないものだ。


 インターホンを押すと、すぐに逢奏さんが迎えてくれた。


「ごめんね、迎えに来てもらって」

「いえいえ大丈夫ですよ。逢奏さんと駅前で待ち合わせとかしたらそれこそナンパ続出しそうで彼氏としても気が気でないので。どこまでだってお迎えにあがります」

「ふふ、ありがとう」


 逢奏さんは柔らかく笑ってくれる。

 この前の様子が少し気になっていたが、問題ないようだ。


「あ、でもこれはやる?」

「え?」

「お待たせ、待った?」

「ああ……ううん、今きたとこ」


 それは以前もしてもらった、待ち合わせの定番台詞。


「ふふ、もう会話として成立してないわ」

「ですね。あははっ」


 やっぱり俺たちは笑い合った。


 それから俺は改めて、逢奏さんの姿を確認する。

 ボリュームのある黒のフレアスカートに爽やかなミント色のトップス。非常に大人っぽく綺麗な着こなしで、見惚れてしまうほど美しい。

 

「逢奏さん、その服めっちゃ似合ってる」

「ありがとう。今日のために、あなたのことを思って選んだのよ」

「それは……なんというか、照れますね」


 さらりと嬉しいことを言われると、さすがの俺も言葉に詰まってしまう。


「飛鳥くんも格好いいわよ」

「そ、そうですかっ? 翔に選んでもらったんですけど、いい感じですかね!?」

「ええ、いい感じ。と言っても————」


 逢奏さんは恋人らしく腕を絡ませてくる。


「飛鳥くんはいつだって、私の格好いい王子様だけどね?」


 ちらりと見えた左手の薬指にはもう、指輪ははめられていなかった。



 ☆



「あそこのクレープが美味いんですよ」


 まずやってきたのは、近場の公園——そこで移動販売しているクレープ屋さんだ。


 大学生になってからたまたま見つけた、俺のお気に入りの場所。


 是非とも、逢奏さんに紹介したかった。


「クレープ……! 甘いのね……!」

「ですです。ホイップマシマシもできます」

「マシマシ……!」


 逢奏さんは見るからに瞳を輝かせて、俺の手を引き駆け出す。


「わっ、ちょっと逢奏さん!?」

「飛鳥くん早く早く! 早くあまーいクレープが食べたいわ!」

「そんなに急がなくてもクレープは逃げませんって!」

「それでもはやく!」


 子供みたいにテンションマックスではしゃぐ彼女を見ていると、内心張り詰めていた気持ちが落ち着いてくる。


(ふぅ……)


 とりあえず、初デート最初のスポットは逢奏さんの心を射止めることに成功したようだ。


「あっちのベンチで食べましょう」


 購入したクレープを持ってベンチに腰掛ける。


「もう食べていい? 食べていいの?」

「もちろん————と言いたいですがちょっと待った!」

「えっ……?(シュン……)」


 逢奏さんはまるでご飯をお預けされた小犬みたいに悲しげに縮こまる。


「いや、食べていい!いいんですけど、その、食べる前に写真を撮りたいなと思いましてね!?」


 選択ミスったか!?

 逢奏さんの甘いモノへの執着が半端ない!


「……写真?」

「は、はい……その、一応、思い出にと」

「クレープの? あ、知ってる、SNSに投稿するのね」

「あー、そこはたぶんクレープと俺たち2人の写真かと。あとSNSにはあげません」


 そんなことしたら俺の命が危ない。


「2人の写真……なるほど、そういうことなら———えいっ」


 俺の腕を取ってくっついてくる。


「ほら撮って? ぴーす」

「…………っ!?」


 可愛い!


 しかし俺は動けなかった。


「……? どうしたの飛鳥くん? はやくはやく」

「あの……逢奏さんすみません。言いにくいんですが、俺たち……両手、塞がってます……」

「あっ……」


 恋人らしく腕を組んだ上で、クレープを持って撮影というのは不可能である。


「あはははっ、バカみたいね。私たちっ」


 それから俺は逢奏さんにクレープを渡して、両手で2つ持ってもらう。

 腕を組めないのは残念だができるだけくっ付いて、俺はスマホを構える。


「ねぇ飛鳥くん。これ、私がすごく食いしん坊みたいじゃない?」

「俺たちしか見ないので万事オーケーです」

「……なんだか不服だわ」

「はいはい気にしなーい。笑って〜」


 それでも逢奏さんニコッと可愛らしく笑ってくれた。

 2つのクレープを胸元で掲げる彼女はやっぱり少し可笑しくて、ついついニヤニヤした。


「今度こそ食べていいのよね……!?」

「はい、どうぞ」

「じゃあ、いただきます。————あむっ。〜〜〜〜〜〜っ!! あまーい♡」


 逢奏さんはホイップクリームマシマシのチョコバナナクレープを頬張って、満面の笑みを見せる。


「このクレープおいしい! ずるいわよ飛鳥くん、こんなな美味しいものを今まで隠していたなんて!」

「あはは。とっておきなもんで、デートまで取っておきたかったんです。どうかお許しを」

「むぅ〜〜」


 逢奏さんは文句ありげにジト目を向ける。

 それから、目を瞑って唇をこちらは寄せてきた。

 

「んっ」

「……なんです?」

「あーん」

「え」

「飛鳥くんのストロベリークレープ、食べさせてくれたら許してあげる」


 そういうことか。


「お安い御用です。えっと、じゃあ、あーん……」


「あーん♪」


 クレープを差し出す。すると逢奏さんは待ってましたと言わんばかりの勢いでパクッと食いついた。


「ん〜〜〜〜♡ こっちも甘酸っぱくて美味しい♡」


 まさにほっぺが落ちそうという感じに頬を抑えて、足をパタパタさせて美味しさに悶える逢奏さん。可愛いがすぎる。


「許してくれました?」

「もちろん♪ で、今度は私からお返しね……♪」


 これはまさか、俺にもあーんをしてくれるのだろうか……!?


「はいどーぞ。あーん♡」

「お、おお……! あーん————」

「————なーんちゃって」

「え?」


 直前でクレープが遠のいていく。そんな……俺の人生初あーんが……。悲しみに打ちひしがれる。

 そんな矢先、逢奏さんは流れるようにクレープを一口、口に含むと————そのままキスをした。


「……んむっ!?!?」

「ちゅぷ、れろ……どぉ? この方がおいしいでしょう?」

「あ、逢奏さ、ちょ……………」

「甘いわ、とっても♡」


 強引な口移しのキスは、その後数分間続いた。

 甘すぎて頭がおかしくなりそうだった。

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