第13話 私だけを見て
そこにはもうちゃんぽんはダメだとか自分の限界量を見極めないとなどと言っていた夜噺先輩はいなかった。
頬は赤く染まり瞼はとろりと垂れていて、揺れるカラダはまるでふわふわと宙を漂うかのようだ。
「せ、先輩……?」
しかし、その純真な瞳はまだ自我を手放していないように映った。
「飛鳥くん」
「なっ—————!?」
先輩はふわりと舞うように俺の方へと両手を広げて抱きついてきた。それはふらついた昨日とは異なる、完全に故意的な勢いで……。
「———————ちゅ」
唇にキスをした。
初めてのキスは意識を揺らすアルコールの味と、頭がおかしくなりそうなほどに甘ったるい女性の芳香。
くらりと脳が冷静な判断を失って、体は背後のベッドへ倒れていく。
俺は先輩に押し倒されたのだ。
「せ、せんぱ……んむっ!?」
覆い被さった先輩に再びキスされる。
さっきよりずっとずっと長く濃厚で、貪るようなキス。
何秒、何分かもわからないほどの時間が経って唇が別れたとき、お互いの息は乱れていた。はぁはぁと吐息を繰り返す音だけが小さな部屋を支配する。
「…………………………」
やがて息が整って、静寂。
「私を見て」
「え……?」
「飛鳥くんには大学いる他の女の子も、バイト先の胸が大きな女性も、えっちな本の山も、合コンも、何も必要ない。私だけを見て」
瞳は今も、泥酔に負けない強さで、熱く煌めいている。
「飛鳥くんは……私だけと恋人になって、私だけと結婚して、私だけとキスして、私だけとえっちして、私だけを愛して……私だけをずっと見ていればいいの……」
私だけ、私だけ、と繰り返すたび、先輩の瞳が揺れる。瞬きさえも許さず見開かれた瞳が少しずつ赤く染まって、雫がポロポロと溢れていく。
それでも先輩は決して視線を逸らさない。
歯を食いしばって、耐え忍んで、俺の心を誘うのだ。
ああ、と俺は理解する。
先輩は今、いや、ずっと、苦しんでいるのだ。
「ねぇ、あなたなら……私を受け入れてくれるよね……? 私なんかを助けてくれた、王子様なら……」
「先輩……」
「もし受け入れてくれるのなら、ここで誓って。私はもう、好きな人を誰にも渡したくない」
だから俺は、笑おう。
苦しみを分け合うことなんて出来やしないけど、得体の知れないそれらを少しでも和らげるように。
だって元々、あなたを笑わせることが、俺のしたいことだったから。
笑顔は、分け与えることができるから。
「仰せのままに、お姫様」
口角を上げて笑みを浮かべる。
涙に濡れる頬を右手で撫でる。
「俺は、あなただけを見つめ続けることを誓います」
俺の気持ちはすでに決まっていたから、言葉はすらすらと浮かんだ。
昨日は予行練習させてもらえて本当によかった。
だけど、先輩はまだ笑ってくれない。
「いいの? ほんとにいいの? 私なんかで。私、すごく、すごくすごくすごくすごく、めんどうな女よ? 重いわよ? そんなこと言っちゃったらもう、2度と離してあげないのよ?」
まったく、人に誓わせておいて何を言い出すかと思ったら。
それが可愛いと思う俺は、もう完全に。
「いいんです。だって俺、先輩のこと好きですから」
身体は軽いのに、心は重い。
だけどその重さが、今まで誰にも選ばれなかった俺には心地いいくらいだ。
こちとら一生童貞も覚悟していた男だぞ。
「それに、俺にそこまで言う先輩はもちろん、俺だけのものになってくれるんですよね?」
「も、もちろん。私はあなただけのものだわ。あなただけを一生愛する。ずっと離れない」
こんな言葉をいただいたら、一生ついていくしかないだろう。
「それならいいです。それなら俺は、世界で1番の幸せ者だ」
「…………!」
先輩の顔がくしゃりと歪んで、欠壊したように涙が流れてくる。
さっきまで涙は、たとえるなら赤黒く爛れた血のように見えた。だけど今度の涙はこんなにも綺麗で、輝いていて、美しい。
「もぉ……大袈裟————だけど、大袈裟じゃないくらい、あなたを幸せにする。だから、ずっと一緒にいて」
「はい」
「私のこと、飽きたりしないでね」
「しませんよ」
「もし飽きたって言っても、もう一度好きにさせてみせる」
「先輩にかかれば、俺は何度でも一瞬で堕ちますよ」
「ふふ」
笑ってくれた。
「先輩、今夜は帰らせませんからね。文字通り、ずっと一緒にいてもらいます」
「ええ、私は最初からそのつもりよ?」
先輩の唇がゆっくりと近づいてくる。
「飛鳥くん————だいすき」
3度目。それは誓いのキスだった。
(あとがき)
2章おわり。
意外とあっさりになったけど、1夜目と違って飛鳥くんに迷いがなかったので…。
これくらいがいいのかなという感じです。
にしても2日でこれかぁ……さすが大学生だな、うん()
お次の3章も対よろですm(_ _)m
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