第12話 黒髪ロングを愛してる

「どどどどうぞ、狭い部屋ですが」


 先輩の部屋に比べれば本当にめちゃくちゃ狭い。


「お邪魔します」


 先輩はそれを気にした素振りなく、小さくお辞儀して俺の部屋に入ってくれた。

 先輩の部屋に入るのも緊張したが、先輩を部屋に入れるのはさらに緊張する。昨日帰ってないからあやふやな記憶の中、掃除は行き届いていたかなと不安になってしまう。


「ここが飛鳥くんのお部屋……」


 そこはなんてことない一般大学生のワンルーム。目につくのはベッドとちゃぶ台、本棚くらい。


「すんすん、そしてこれが飛鳥くんのお部屋の匂い……」

「そんな堂々と嗅がないでくれます!?」


 わかるけど!人の家の匂い気になるのめっちゃわかるけど!

 先輩の部屋に行ったときの俺でさえここまで露骨な態度は示さなかった。


「大丈夫、いい匂いだから」


 嗅がれること自体が大丈夫じゃないんだよなぁ。


 次に先輩は本棚に目をつける。


「本、けっこう読むのね。ちょっと意外」

「ほとんど漫画やラノベですけどね」

「ふーん……」


 先輩は上から順にタイトルを眺めていく。顎に手を当てる仕草から、興味を持って見ていることがわかった。


「よかったら今度貸しましょうか? 中には布教用もあるんであげちゃってもいいんですけど……」


「いい」

 

 ばっさり。

 あれ、俺の勘違いだったか。


 少し残念に思っていると、先輩はこちらを見て艶やかに微笑んだ。


「また今度、ここで読ませてもらうから。いいわ」

「え……」


 それはどういう……。

 聞く暇もなく、先輩の視線は本棚のある一角へと到達する。


「あ、あははー先輩、そこら辺は何も面白くないと思うので——」


 そこは分厚い辞典やら何やら勉強関係の教材が詰め込まれている……と見せかけて、とある重大物が隠されているのだ。


「これって……」


 しかし先輩は俺の忠告を受け入れてくれない。


「せ、せんぱい? そんな真剣に見なくても……ほ、ほらこっちの漫画とかどうです? めっちゃおすすめで……!」


 必死に気を逸らそうとするも、やがて先輩の手は1冊の教材へと導かれていく。

 いや、正しくはその表紙カバーをめくった先にある……


「えっちな本?」


 そう、エロ本(聖書)である。


「せせせせせ先輩? やめましょう? もうやめよう? それは男の子のセンシティブな部分なんです女性には決して見せられない秘密のアレでしてその……」


 まるで俺の言葉が聞こえていないみたいにエロ本のページを捲っていく先輩。

 取り上げようとするがひらりとかわされる。そしてもし今読んでる本を取り返せたとしても、まだまだ残弾はあるわけで……1冊見終えれば2冊目、3冊目と先輩の手は止まらない。


 最終的に、先輩は全てのエロ本に目を通した。山のように積み上がる宝物たち。


 俺はいつのまにか、悟りを開いて正座していた。先輩からは摩訶不思議なおどろおどろしいオーラが見えるような気がした。


「飛鳥くん」

「は、はい」


 怖い!?

 もういっそ殺して!?


 俺は恐怖で目を瞑る……が、先輩の口から出たのは予想もしてない言葉だった。


「……黒髪ロングが好きなの?」

「……へ?」

「好きなの? それとも嫌い?」


 俺の持つエロ本のうち、実に8割が黒髪ロングの女性メインとなっている。

 だから、黒髪ロングが好きか嫌いかと言われればそんなもん……


「愛してます」

「そ。ならいいわ」


 すんと先輩のオーラが消える。

 な、なんだ……? 俺は許されたのか……?

 先輩に軽蔑されて、もう2度と話せないんじゃないかと思ったのに……。


「でも、このえっちな本は焼却します」

「NOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!」


 そんな殺生な!?俺は許されてなんかいなかったんだ……!!

 その中には、中学時代からお世話になっている思い出の聖書も含まれているんだぞ……!?

 そう、それは思春期真っ只中のあの日、迷い込んだ裏山の奥地でボロボロになって捨てられているのを見つけた————ってそんなことはどうでもいい!?


「先輩どうかそれだけはご勘弁を!! この通り!!」


 土下座する。


「ダメ」

「そこをなんとか!!」

「すべて燃やします」


 一蹴されてしまう。


 それでも諦めず、必死に抵抗する。鍛え上げた肉体による土下座力に磨きをかけていく。


「それともなに? 飛鳥くんにはまだ、この本が必要なの? 私がいるのにこの子たちの方がだいじ?」


「ふへ!? え!? そ、それは一体どういう意味で……!?」


 漫画の貸し借りの件からして、今の先輩の言うことはよく分からない。俺は混乱するばかりだ。


「だ、だからその、それは、その、私が……っ」


 先輩はみるみるうちに赤面して、言いにくそうに視線を逸らしてしまう。

 なんだ? やっぱり訳がわからない。


 そして先輩は痰を切ったように叫ぶ。


「飛鳥くん!」

「は、はい!」

「……お酒はある?」

「え……? あ、あるとは思いますけど……先輩、もうけっこう酔ってるんじゃ……」

「足りない! もう醒めちゃった!」

「いやぜったいそんなことないって!」

「いいから! 用意して!」

「は、はいぃぃ!!」


 今の先輩には逆らえない。

 俺は慌てて冷蔵庫を漁った。


「あ、あの、先輩……? スト○ロしかなかったんですけど……これはさすがに……」

「ちょうだい」

「あっ……」


 強引に奪いとられる愛しのス○ゼロ(500ml)。

 いや、本当はあんまり好きじゃない。だって悪酔いするから。これは合コンでストレス爆発した時に飲む用なのだ。


 プシュっとプルタブを開ける小気味良い音が響く。


(ゴクゴクゴク)

 

 先輩は長い黒髪を揺らして、一気にそれを飲み干した。

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