第9話 かわいい先輩

「そういえば、メッセージはどうして敬語だったんですか?」

「えっ、お、おかしかった……?」


 喫茶店までの道すがら、気になっていたので尋ねただけなのだが先輩は身体を強張らせて過剰な反応を見せる。


「いえ、ぜんぜんそんなことは。丁寧でいいと思います」

「そう……? ごめんなさい。あまりメッセージのやり取りってしたことなかったから、どう打てばいいかわからなかったの」


 不安そうな先輩。

 メッセージアプリを開いて自分の書いた文章と睨めっこしてる先輩を想像すると純粋に萌えた。

 

「俺、めっちゃ嬉しかったですよ。先輩からメッセージもらえて」

「え、ほ、ほんとに?」

「ほんとです。飛び上がってしまって教授に怒られるほどに」


 冗談っぽく受け取られてしまいそうだが、事実です。

 先輩は少しずつ安堵した様子で、甘えるように視線を寄せる。


「また、送ってもいいのかしら……?」

「もちろんですよ。毎秒お待ちしています」

「じゃ、じゃあ……また、変な文章になっちゃうかもしれないけど、メッセージするわね」

「はい」


 メッセージをもらえるだけでも狂喜乱舞するほどに嬉しい。全ての会話を保存しておかなきゃ。


「1分以内に返して。じゃないと怒るから」

「え、バイト中とかは?」

「返事がなかったら、さっきまでの話ぜんぶ嘘だったと判断します。私は金輪際、メッセージを使いません」

「どうしてそんなことに!?」


 先輩は俺の追及から逃げるように、1歩、2歩、弾むように黒髪を揺らして駆け出して——笑顔でこちらを振り返る。


「話題、たくさん考えるから。ほんとにすぐ返してね。これで、離れていても一緒よ?」


 俺からもたくさん、いつものくだらない話を送ろうと思った。


 大学から徒歩およそ2分、校舎の裏手にひっそりとその喫茶店は存在した。


「これはたしかに見つけられないですね」

「私もたまたま見つけてね。ここはいつも静かだから、偶に使わせてもらってる」


 慣れた様子の先輩に付いて喫茶へ入る。バイトらしき同年代の女の子が迎えてくれて、2人がけの席へ案内された。カウンターの奥には、マスターらしき老年の紳士が見える。

 先輩の言う通り、お客さんは少なく会話もない。ひとりで利用している学生がほとんどだ。

 内装はレトロで落ち着いた雰囲気。

 まさに隠れ家的なお店だ。


「さて、何を頼もうかなぁ」


 席に備えてあったメニューを取って、先輩にも見えるようにテーブル中央へ置く。


「先輩はいつも何を食べるんですか?」

「私はこのサンドイッチ。今日もそうするわ」

「なるほど。美味そうですね」


 メニューには写真も載っていて、料理をイメージしやすい。

 しかしサンドイッチか……先輩らしいチョイスだ。

 俺は腹の減り具合的にもう少しガッツリいきたいところだ。


「飛鳥くんはカレーなんてどうかしら」

「お、カレーですか」

「スパイスが効いていて、すごく本格的なの。美味しいわよ」

「じゃあそれにします」


 料理上手な先輩のおすすめなら間違いないだろう。

 店員さんを呼んで注文を済ませる。店員さんは俺たちのことを知っているらしく少々ニヨニヨしていたが、騒ぎ立てることはなかった。


 店内の雰囲気に合わせて、会話は小声で。騒がしいのも大好きな俺だが、こんな状況も先輩と一緒なら悪くない。


 数分で料理が提供されて、2人で小さく「いただきます」。

 

 思えば昨夜も今朝も先輩は横に座っていたが、今日は対面。顔がよく見える。

 先輩はサンドイッチを一つ手に取ると小さな口で小さくパクり。淑やかで洗練された動きは、まるで映画のワンシーンでも見ているかのようだった。


「…………飛鳥くん? 食べないと冷めちゃうわよ?」

「へ? ああ、すみません。ちょっと見惚れてまして」

「…………っ!?」


 慌ててカレーを食べる。口の中で奥深いスパイスの風味が広がった。少し辛いけど、甘みも十分に感じて、あと引く味だ。カレーをすくう手が止まらなくなる。


「うおっ、うまっ。マジで美味いですねこのカレー!」


 計らずもテンションが上がってしまう。

 しかし先輩からの返答はなかった。スプーンを止めて先輩の方を見やる。


「先輩?」


 先輩は惚けたみたいに頬を赤くして、ポーッとしていた。

 俺の声に気づくと、ハッと表情を引き締めてサンドイッチを口に含む。


「……なんでもない」


 それっきり食事中の会話はなかった。


 食後はコーヒーをいただいた。


「先輩はブラックのまま飲めるタイプですか?」

「もちろん——と言いたいところだけど、少しお砂糖とミルクが欲しいわ」

「なら俺と同じですね。もうちょっとでブラックのおいしさに気づけるような気もするんですけど、やっぱり甘味があった方が飲みやすくて」


 翔のやつはブラック至上主義で、涼しい顔で飲みやがるので少々コンプレックスだが、先輩の好みを聞いて安心する。


 人の好みはそれぞれだしそれも悪くありませんよね、といい感じに共感をもって話しつつ備え付けのコーヒーシュガーを差し出す。


 先輩はシュガーを一杯掬ってコーヒーへ入れる。それからミルクを少々——ではなく、再びシュガー。またシュガー。次もシュガー。またまたシュガー。またまたまたまた…………最後に、ミルクをトポトポとコーヒーが白く染まるまで。


 それから静かな所作でカップを口に運んだ。


「ん、甘くて美味しい」

「そりゃそうでしょうね!? いや甘すぎでしょう!?」


 コーヒーの味なんてもう一切ないだろう。ただシュガーミルクだ。


「飛鳥くんも、これくらい入れるわよね?」

「さすがにその量は……」

 

 想像しただけでも胸焼けしそう。

 うげぇっとなっていると、先輩は不服そうにこちらを睨む。


「裏切り者ぉ……」

「なんでそうなるの……!?」


 俺の好感度が急激に下がっていくのを感じる。メッセージの時には神回避を見せたかに思えた地雷を今、踏んだ。


 先輩は恥ずかしそうに両手でカップを持ち上げて、口元を隠してしまう。

 

「仕方ないでしょ……こうしないと苦くて飲めないし、こうするのが1番美味しいんだから……」


 な、なんだこの可愛い生き物は……!?


「かなりの甘党なんですね、意外です」

「うぅ…………」


 さらに縮こまって、遂には顔全体をカップで隠してしまった。クールだったはずの美少女がこんなにも動揺している姿には堪らないものがある。


「あははっ」

「もぉ、笑わないで……! ぜったいバカにしてる……! 子供っぽいって……!」

「いやいや、そんなことないですって。俺はただ、今日は先輩の色んな表情が見れてるなって嬉しくて……!」


 昨日の時点で俺はガッシリと心を掴まれていると言うのに、今朝からも何度ハートを射抜かれたか分からない。

 話すたびに先輩は新しい表情を見せてくれる。


「先輩ってクールな人かと思ってたけど、実は可愛い系ですよね。めっちゃ可愛いです」

「か、かわいいっ————————!?!?」

「あはは。そういうところも可愛いです」

「〜〜〜〜っ」


 決してデレなくて、表情を変えないと思っていた夜噺先輩。たけど本当は面白いことがあったら笑ったり、照れたり恥ずかしければこんなにもわかりやすく赤面する、すごく可愛い女の子だった。


 しばらくすると先輩はいじけた様子で項垂れながら呟く。


「飛鳥くんって本当はいじわるなのね……。私を恥ずか死にさせたいの……?」

「先輩の可愛い顔が見れるなら、それも悪くないですね。俺はヒールにもなりましょう」

「また、可愛いって……うぅ……」

 

 先輩の可愛いを堪能させてもらった昼休みだった。

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