第8話 待ち合わせの定番

「おはよう王子。すっかり有名人だね」


 講義室に着くと、すでにかけるが席を取ってくれていた。金髪イケメンは今日も爽やかながらちょっぴり皮肉屋だ。


 周囲からは夜噺先輩と別れたにも関わらず、相変わらずの視線を感じるが無視を決め込む。


「いやあモテすぎて困っちゃいますよほんと」

「合コンゲロ王子×街の不良さん。腐っている方々の間で話題沸騰中ってね」

「今すぐそいつらを駆逐しろ!?」


 え? 女子からの視線が熱い気がするのはそのせいなんですか?

 ただでさえ翔との関係を怪しむ声だって存在するというのに。


 何がどうしてそうなった……たしかに不良のおにーさんとはちょーっとイチャコラしましたがね、残念ながら俺は振られちまったんだ……。

 

 不名誉を払拭するためにも、やはり俺の隣はあの人に居てもらわなければ。


「っと、そうだ翔、頼みがある」

「なに?」

「その様子だと知ってるみたいだが、不良の件」


 俺はきゃるるんスマイルでサムズアップする。


「後始末たのんだ♡♡♡♡」

「えーめんどくさい」

「今度の飲みで奢るから♡♡♡」

「1回だけ?」

「に、2回♡♡」

「もう一声」

「3、回……っ♡」

「焼肉とか、最近食べてないなー(チラチラッ)」

「………………」


 無言で交わされる視線の応酬。にっこり笑顔を浮かべた翔の鉄仮面は決してハズレない。

 見つめ合うこと1分……2分……3分……やがて俺は折れて叫んだ。

 

「わかったよ畜生! 焼肉な! 3回な! もうなんでも食って飲みやがれ!」

「やったー♪」


 先輩のためならこんなこと痛くもなんともないやい!


「まぁ、実のところ元から手は打つつもりだったんだけどね」

「はぁ?」


 その後出しジャンケンやめろ。


「夜噺逢奏は僕らの聖域。不良さんはそれを踏み躙ろうとしたんだからね。怒ってる人多いよ」


 うちの大学の生徒は皆どこかしら夜噺先輩のファンであり追っかけだ。

 だからこそ、デートや飲み会に誘ったりすることはあれど無理強いは決してしない。

 それが全学生の暗黙のルール。


 今回は学外の不良さんの行いとは言え、彼らにとって気持ちのいいことじゃない。実際、夜噺先輩にとってもかなりの迷惑行為だったことだろう。


「一応、僕が先導して厄介ごとにはならないようにしておくつもり。平和的に解決するよ」

「ん、よろしく」


 翔に任せておけば間違いないだろう。学生たちの怒りを上手くコントロールしてくれるはずだ。そして今後同じようなことが起こらぬようアフターケアまで怠らない。

 やだ、その労力考えたら焼肉じゃ収まらなくない?もしかしてこの友人めっちゃいい奴?

 

「ま、その聖域の女神を現在進行形で独り占めしてる奴のことは、知らないけどね」

「え?」


 翔はニヤっと悪戯な笑みを見せる——が、俺はその数千倍ダラシなくキモい笑顔を浮かべた。

 

「えっへっへっ……♪」

「いやなんでそんな嬉しそうなのさ褒めてないよ少しは身の危険を感じなよ……」


 今の俺に怖いものなどない。


 退屈な授業が始まると、さすがに雑談をやめて教授の声に耳を傾ける。


 ——ぴこん♪


 すると携帯にメッセージが届いた。


『こんにちは、飛鳥くん』


 夜噺先輩!?


『メッセージでは初めましてですね。ちゃんと送れていますか?授業の後でいいので、返事をくれると嬉しいです』


 そっこー返事を返した。

 数秒後、「ありがとう」と微笑むネコのスタンプが押された。かわいい。


『ところで本題なのですが、飛鳥くんはお昼、学食だったでしょうか?』


 学食ですがどうかしましたか、と。


『私はふだんお弁当なのですが、今日は作っていなくて……』


 あれ、もしかして俺がいたから……? 少し申し訳なくなる。


『もしよろしければ、ランチを一緒に食べに行きませんか。大学の近くに、いい喫茶があるのです。あまり知られていなくて、学生も少ないので落ち着いて過ごせるかと思います』


「行きます!!!!!!!!!!」


 おっと、思わずリアルで叫んでしまった。


「あーそこ、静かに」

「へーい、すみません」


 改めてメッセージで打ち直す。


 夜噺先輩は待ち合わせ場所などを指定したのち、メッセージをこう締めた。


『楽しみですね♡』


「へあっっっっ!?!?!?」


 ハート、だと!?


「静かに」

「はい」


 思わず席を立ち上がってしまった。


「どうしたの?」

「すまん翔、おまえは今日ボッチ飯だ」

「え? どういうこと?」

「予約が入ったのだよ。でゅふふ」

「あー、そういうこと。じゃあ僕は適当な女の子でも誘うとしますかね〜」


 適当な女の子……だとぉ!?

 このリア充、やっぱりムカつく。



 ☆



 講義が終わると、俺は一目散に駆け出した。

 後輩として先輩を待たせることなどあってはならない。男としてもそう。遅れてきた女性をクールに、しかし温かく迎える。

 これができない奴はモテないのだ!


「あ、飛鳥くんこっちよ。来てくれたのね」

「ごめんなさいお待たせしましたーーーー!?!?!?」


 なんで!? 

 こんなに頑張って走ったのに!?

 俺の筋肉は無駄だったのか!?

 

 待ち合わせ場所である校門前にはすでに夜噺先輩が到着していた。


 だから俺はモテないんだよ。


「授業が少し早く終わっただけだから、気にしないで」

「そ、そうですか……」

「あんまり納得いってない? 私が先に来ちゃダメだった?」


 先輩はちょっと心配そうに尋ねる。


「い、いえ! そういうわけじゃないんです! ぜんぜんそんなことは! ただ……」

「ただ?」

「……『ごめん待った?』『ううん、今来たとこ』ってやり取りがやりたかっただけなので……!(泣)」


 待ち合わせに遅れてやってきた女の子との理想会話!これぞデートの始まり!


「なにそれ。でも、そういうことなら……」


 そう言うと先輩は俺に背を向けてキャンパスの方へ戻ってしまう。

 煮え切らない態度で怒らせてしまっただろうか。しかしこれは全面的に俺が悪いというかいつもいつでも俺が全て悪い。

 いち早く謝ろう、そう思った瞬間——先輩はふわりとこちらへ振り返って駆け出した。


「ごめんなさい、待った?」

「え?」

「ほらセリフ」


 は!? そういうことか!?


「ううん、今来たとこ」


 俺はキメ顔でそう言った。


 なんだろう、これ……すごく身体がこそばゆいような、ウズウズしてくるやり取りだ。

 催促したみたいになっておいてなんだが、お互いに無言になってしまう。しかしだんだんと、それが可笑しさに変わってくる。

 

「ぷっ、ふふ」

「ははっ」

「「あははははっ」」


 気づけばお互いに腹を抱えて笑っていた。


「何やってるんですかね、俺たち」

「ほんとよ、もう……ふふっ」


 ただでさえ今朝から視線を集めまくりなのに、校門でこんなことをしていたら余計な白い目で見られまくりだ。

 

「こういうの、バカップルって言うのかしら……♪」


 先輩は独り言みたいに小さく呟く。


「え? 先輩今なんて?」

「ないんでもない。ほら、はやく行きましょ。昼休みが終わっちゃう」

「あ、ちょっと先輩!? 待ってくださいよ!?」


 先に歩き出した先輩を俺は慌てて追いかけた。

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