光る星は眩しく冷たい
夜の海辺は少し風が強く肌寒かった。
砂浜に行くには、道路から少し離れた広い階段を降りる必要があった。
僕は彩也夏に浜に降りずに階段から海を見てはどうかと聞いてみたが、どうしても浜に行きたいから手伝って欲しいとお願いされた。
僕は彩也夏を背負う形で一度階段を降り、彩也夏を一番下の階段に腰掛けさせると、車椅子を砂浜まで運び、再び座らせた。
星明かりが降る砂浜と黒い海が波打つ際に向かい、僕は彩也夏の車椅子を押した。車椅子のタイヤが砂を噛み、彩也夏一人では進むことも出来ない。今、僕は彩也夏の助けになっている。そう思うと彩也夏に対する気持ちが高ぶるのが分かった。僕は車椅子を押す手を止めるとポケットに入れてた指輪の感触を確かめ、彩也夏の名前を呼ぼうとした時だった。
「ねぇ、少し私の話を聞いてくれる?」
波打つ音よりも透き通る凛とした声が、僕の告白を制した。
「うん。どうしたの?」
彩也夏の話を聞いてから告白しよう。僕はそう思い、彩也夏に返事をした。
「私ね、実は知っているのよ」
「何の事?」
「大学生の時にあった演劇の事故の事」
「えっ」
喉の奥から乾いた声が漏れ出た。
心臓の音が大きくなり、彩也夏の座る車椅子を押す手が震えている。
彩也夏は振り返ること無く、前を見たまま話を続けた。
「あれは貴方が仕組んだことでしょ?事故なんかじゃなくて」
「どうしたんだ急に」
「あの事故の前、貴方が階段の上にいたのを見たのよ。その時は演劇に関係の無い貴方が何故そこにいるのか、としか思わなかったけど」
前を見ている筈の彩也夏の視線が僕に向けられているように感じる気がした。
「そんなこと無いよ」
声がうわずっている。
「じゃあ、あそこで何をしていたの?」
僕は直ぐに答えられなかった。静寂の中に波を打つ音だけが聞こえる。
「私ね、別に怒ってる訳じゃないの。ただ貴方が何故あんな事をしたのかずっと考えてたの。それでね」
彩也夏はそう言うと、右手を高く挙げ夜空に輝く星に手を伸ばした。僕はその光景を知っている。
「あぁ、無数に輝くこの星達を手にしても」
「ちょっと待って。それ以上言わないで」
僕の言葉は彩也夏に届かない。彩也夏はまるであの日の続きのように台詞を続けていく。
「どれだけ想いを伝えても貴方には届かない。今私が手にしている星の輝きも貴方は受け取ってくれないのね。あぁ、私は星に願う。どうか報われぬ恋ならば、せめてこの気持ちを星と共にあの空へと返して欲しい」
全ての台詞を言い終えた彩也夏は静かに手を下げた。
僕の脳裏に舞台上に輝く彩也夏と舞台から落ちていく彩也夏が重なっていく。
オリジナル演題『星に願う』
この話は、星を手にした主人公の恋が成就する話ではない。むしろどれだけ想いを募らせ努力しても人の気持ちは変わらない事をテーマにした演劇。だから僕は。
「だから貴方はこの台詞を私から聞きたくなかったのね。想いが叶わないこの演題が自分と重なったから。私ね、貴方の事が嫌いじゃないの。ちゃんと言うと興味がないの」
僕は何も答えられなかった。あの日の聞きたくなかった台詞が、僕の胸を押し潰す。
「ねぇ、私が憎い?」
「………どうして?」
「貴方の人生の半分をもらったのよ?貴方は自分自身で勝手に罪滅ぼしをしていたみたいだけど。憎ければ私を殺しても良いのよ?簡単な事よ。そのまま首を後ろから首を絞めれば良いわ。このまま砂浜に置いていくだけでも良いのよ。私一人では車椅子をこの砂浜から出す事は出来ないから。だけど私は一人でも帰れるわ。這いつくばっても動けるからね。貴方の手を借りなくても」
そう言って僕の方に振り向き笑う彩也夏の笑顔は眩しくて綺麗だった。そして僕は唐突に理解した。彩也夏との関係がこの先も永遠に変わらない事を。
僕と彩也夏はずっと前から歪んでしまっていたのだ。夜の波打つ海面に浮かび歪に光るあの星達のように。
僕は彩也夏の後ろに立ったまま、冷たくなった自分の手を見つめた。
了
星に願いを ろくろわ @sakiyomiroku
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