星に願いを

ろくろわ

星は遠くに


 彩也夏さやかとは、幼稚園からの付き合いだから、もう四十年程は一緒にいるだろうか。

 モデルになりたがっていた彩也夏は、幼い頃から賢く、整った顔立ちに高い背と愛嬌もあり皆から愛されていた。そんな誰もが認める才色兼備の彼女に、僕は一目惚れをしていた。

 始めて彼女に想いを伝える告白をしたのは小学校一年生の時。好きだと伝えた想いは、たった一言「私はあなたの事きらい」だと言われ儚く散った。

 所詮、小学生の告白。好きだからと言ってどうなる訳でも無かったが、それでも諦めきれない私は、ある毎に彩也夏に思いを伝えた。それは中学生の時、それは高校生の時にも。手紙を使い、電話で伝えることもあった。時に呼び出し直接伝えたこともあった。

 しかし、そのどれもが「私はあなたの事きらい」の一言だけだった。ニコリともせず、表情一つ変えずに言い放つその姿は、それはそれでやはり美しかった。

 そんな僕達の関係が変わったのは大学二年生、十九歳の夏の日の事だった。


 彩也夏は演劇の本番中、セットが崩れ階段の上から落ちた。


 オリジナル演題『星に願う』の最後。

 ヒロイン役の彩也夏が愛しい人の事を想い、夜空にかかる舞台上の階段を登り、星を手にいれて想いを伝えるシーン。

 その階段が崩れ、みんなが見ている中、彩也夏はゆっくりと舞台の上に叩きつけられた。鮮やかな血が舞台を染めていき、時が止まったかと思うような静寂の後、連鎖する叫び声と慌てふためく様子を僕はただ見ている事しか出来なかった。

 幸いな事に命に別状は無かったものの、綺麗だった顔には大きな傷が残り、そして車椅子が手離せない身体となった。

 怪我をした後、彼女の回りにいた人は一人、また一人と側から去っていき、卒業まで彩也夏と付き合いが続いた友人は数える程になっていた。

 大学卒業後、彩也夏はモデルになる夢を諦め、一般の企業に就職した。僕もそんな彩也夏を支えようと追いかけ、同じ所に就職をした。

 例えどんな姿になろうと、彩也夏の事が僕は変わらずに好きだったのだ。

 ただ一つ、変わった事もあった。

 それは彩也夏にあの事故以降、告白をしなくなった。いや、正確には彩也夏に認められる。或いは彩也夏の気持ちが僕に傾くまで告白をしないことにしたのだ。そしてそんな僕の気持ちを知ってか、彩也夏にも変化があった。

 今まで僕に対して当たり障りの無い対応だったのだが、僕を頼る事や理想を話してくれるようになったのだ。


「私より仕事が出来ない人には興味がないの」

「私以外の人と仲良くしている人には興味がないの」

「私より寝ている人には興味がないの」

「私、贅沢する人には興味がないの」

「私、募金や寄付する人が良いの」


 彩也夏の理想を叶えることは容易ではなかった。僕よりも賢く人付き合いの良い彩也夏は順調に昇進していき、僕が彩也夏の隣に並ぶ為には日常生活を捨てて、ひたすらに仕事をするしかなかった。また彼女以外の人と仲良くしない為に人付き合いも減らし、何が贅沢か分からないから必要最低限の生活を送り、余ったお金は全て寄付をした。そんな生活をしていた僕には、仕事と彩也夏への思い以外、何も残っていなかった。それが辛いのかも分からず、ただただ彩也夏が振り向いてくれることを祈りながら過ごしていた。

 そんな生活を二十年送ってようやく、彩也夏の理想を全て叶えたらしい。彩也夏から僕に「話したい事がある。海に行きたい」と誘いがあった。彩也夏から改まったお願いをされたのは初めてだった。


 僕は二十年間。いや、幼少期からずっと思い続けていた彩也夏にプロポーズをする為、星のように光る指輪を用意し彼女をつれて海に向かった。


 ようやく彼女は僕を受け入れてくれる。

 そう思いながら。



 続く

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