7・窓外の音楽

三題噺 #9「音楽」「雷」「窓」


 変わった爺さんがいてさ。

 自分を音楽家だって言い張るんだ。

 紙じゃなくて、窓に五線譜を書いてさ。

 スコア譜ってやつだよ。オーケストラの、全部の楽器が載ってるやつ。


 面白いのは、書かれてるのが、楽器の名前じゃないんだわ。

 雷、風、雨、波って、そんな具合だよ。

 完成させたその日、爺さんは安楽椅子に座って、パイプをうまそうにふかしながら、五線譜越しに窓の外の嵐を眺めてたっけ。


 別の日は、それを消して、また別のスコア譜を作ってたよ。

 花、蝶、太陽、小鳥、木の芽だったかな。

 前日までの寒さが嘘みたいに、その日から暖かくなって、みんなコートをしまったんだよ。


 また別の日は、こんな具合さ。

 白、氷、冷気、足跡、眠り。

 雪がしんしん降り積もっていく間、爺さんはスコア譜を消さなかったな。


 その爺さんは、今も生きててさ。

 でもちょっと、元気がないんだわ。

 どうも、思ったようなスコア譜ができないらしくてさ。

 和音がうまくいかないとかで。

 スランプってやつかね。

 芸術家にゃありがちだろ?


 今はどんなスコア譜を作ってるのかって?

 それが、よくわかんないんだわ。

 各パートは、こんな感じだよ。

 人、国、土地、文字、血、記憶。

 タイトルは、なんていうんだろな。

 早く完成したの、聞いてみたいよな。


<了>

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