5・デスゲームじいさん

#36「ゲーム」「未来」「村人」feat.「舌切り雀」


 かわいがっていた子スズメが、性格の悪いうちの婆さんに舌をちょん切られ、泣きながら実家に帰ってしまった。

 哀れに思ったわしは後を追いかけ、子スズメの実家で盛大なもてなしを受けたわけだが、帰る前に、土産を選んでいくよう迫られた。

 勘のいいわしはピンときた。

 彼奴きゃつらのもてなし、ここからが本番に違いない……!


 目の前には大きいつづらと小さいつづらが置いてある。

 つづらというのは、割いた竹を編んで作った四角い箱のことだ。

 このどちらかを選べという。


「なるほどな」

 わしはつづらを挟んでスズメ一族の惣領と向き合い、不敵に笑ってみせた。

「成功すれば多額の報酬を。失敗すれば死を……というわけだ」


 惣領は体を傾け、隣にいる子スズメに何やら囁いている。

「おじいさんは、何を言っておるのだ?」

「おじいさんは、デスゲームマニアです。たぶん、それと勘違いしています」

「デスゲームとは、なんだ?」

「かくかくしかじか」

「なるほど。我々スズメ一族は、おもてなし力が自慢。期待に応えなければ」


 背後に控えていた若者スズメがさっと場を退き、すぐに何かを持ってきた。

 お面とハンディ扇風機だ。

 惣領は三つの穴が開いただけのシンプルなお面を被り、口の前でマイクのようにハンディ扇風機を構えた。スイッチオン。


『察しが良くて助かるな。私はマスターX。死の恐怖に怯えるがいい』


 扇風機の風で声には不気味な抑揚がついている。

 いよいよ……か。わしはゴクリと喉を鳴らした。


「それで、どんなゲームをさせようというのだ」

『今回挑戦してもらうのは……多数決ゲーム!』


 子スズメが横で掲げているカンペをちらちら見ながら、マスターXは高らかに宣言した。わしは思わず呻き声を漏らす。


「参加者はわし一人だというのに、多数決だと!?」

『心配ご無用。多数決をするのは君ではなく、ここの村人たちだ』


 マスターXの声に応えるように、脇からぞろぞろとスズメの村人たちがやって来て、二つのつづらの前に立った。全部で九名。


『彼らに多数決で、君が持ち帰るべきつづらを選んでもらう。

 多数決は全部で三回行われる。

 ただし、一回ごとに二名ずつ間引かれ、最後に残るのは五名になる。

 間引く者は君に決めてもらう。

 参加者のうち二名は、必ず正解ではないつづらを選ぶ。

 三回の多数決を経た後、君自身に持ち帰るつづらを選んでもらう。

 さて、何か質問はあるかね?』


 特殊な条件下における多数決。デスゲームでは定番の内容だ。

 ここで重要なのは、マスターXが述べた最後の言葉。

 質問。

 これをするかしないかで、わしの未来は大きく変わることになるだろう。


「質問ならある。ゲームの途中で村人との会話は可能なのか?

 時間制限はあるか?

 もし途中でこのデスゲームを降りた場合、ペナルティはあるか?

 正解ではないつづらを選ぶ二名以外の者たちは、その二名が誰かと、正解のつづらを知っているのか?

 ゲームの途中でもあなたに追加の質問はできるか?」


 事前にできる限りの情報を引き出しておくこと。

 それがデスゲームを制する鍵だ。


 マスターXはハンディ扇風機を止め、子スズメに身を寄せた。何かゴニョゴニョ相談してから、真っ直ぐに姿勢を正して、スイッチオン。


『村人と会話はできないが、君が一方的に話しかけることを止めはしない。

 時間制限はないが、ペナルティはある。ゲームを降りたらもちろん、死だ。

 正解ではないつづらを選ぶ二名以外の者たちは、その二名が誰か知らないし、正解のつづらも知らない。

 ゲームが始まったら、私が質問に答えることはない』


 わしは頷いた。恐らく、必要な情報は全て得られたはず。

 頭の中には既に、勝利への道筋が浮かんでいた。


 このゲーム、多数決とは名ばかりだ。

 ポイントは、正解のつづらを選ばない二名を見極めること。途中でこの二名を間引いてしまうと厄介なことになる。

 それ以外の村人には、なるべく次の多数決で移動を促す動機を仕掛けること。たとえば、今と違うつづらを選んだ者には報酬を山分けすると宣言するとか。

 なんにせよ最初の間引きは、双方のつづらから一名ずつを選ぶのが妥当だろう。

 一瞬のうちに、そこまでの脳内シミュレーションを終えていた。

 

『では、ゲームスタート!』


 マスターXの号令で、村人たちがぞろぞろと移動を始める。

 選んだつづらの前で彼らが足を止めたところで、子スズメが大きな画用紙に得票数を書いて頭上に掲げた。


 大きいつづら 9名

 小さいつづら 0名


 え?


 これでは、一発目から正解が小さい方だとわかってしまう。

 マスターXを見ると、ごくり、と大きな音を立てて唾を呑み込んでいる。 

 どうやらこのゲームには、巨大な穴が開いていたようだな。

 やむをえん。これはデモンストレーションとして、仕切り直してもらおう。


 目で語りかけると、彼は「わかった」と言うように微かに頷いた。

 そして愉悦に満ちた感じの声で叫んだ。


『さあ……間引きの時間だ!!』

「続けるのかよ」


 地獄のような茶番に耐えて小さいつづらを選んだわしは、家に帰った。

 蓋を開けると金銀財宝が入っている。

 性格の悪いうちの婆さんは狂喜乱舞だが、わしはやりきれなさを感じていた。

 

 わしが欲しかったのは財宝じゃなくて、ヒリヒリした頭脳バトルなのに……!

 我慢できず筆を手に取り、わしは礼状の形で思いの丈を訴えることにした。


『拝啓

 藤花の香る季節となりました。先日は突然の訪問にも関わらず、手厚い心づくしのおもてなしに預かり、大変感謝しております。

 中でもデスゲームに参加させて頂けたことは、この上もない喜びでございましたが、何点か運営の手法に改善の余地を覚えたことも事実でございます。

 差し出がましいとは存じますが、スズメ一族のおもてなし力が今後ますます輝きを増すことを祈念して、いち参加者の所感をしたためることをお許しください。

 まず今回の多数決ゲームの改善案ですが……』


 書き始めたら書く手が止まらず便箋百枚に及んでしまったそれを油紙に包み、自分も参加してくると張り切っている婆さんに託した。

 

 あれから一年。

 スズメの一族は、順調にデスゲーム運営の手腕を磨いただろうか。

 確かめに行きたいところだが、畑の世話もあるので、そう簡単に家を留守にするわけにもいかない。


 婆さんはまだかな。


<了>

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