2・願い事

三題噺#8「行進」「チーズ」「日記」


 丸いチーズのような黄色い星が、北の空に姿を見せ始めた。

 三百年に一度、この惑星に最大に近付くと言われている、「神の星」だ。

 天文学者によると、大きな楕円軌道を描いて、この惑星の周囲を巡っているらしい。そこには神の一族が住んでいるという。


 時は戦乱、世は地獄。

 この惑星の支配種族である「モフモフの民」たちは、全員がモフモフした体毛に包まれた者同士だというのに、互いに争ってばかりいた。

 やれ、頭の毛が長い、尻尾がある、毛の色がツートンカラーだ、くるくるカールした毛並みだと、互いの見た目の些細な違いばかりを気にして、決して手を携えようとしなかったのである。


 争いはもう、三百年も続いていた。以前、「神の星」が頭上を通過していった頃からだ。

 さすがの「モフモフの民」たちも疲れ切ってしまい、とうとう停戦に向けた話し合いがもたれることになった。


「見た目の違いがあるのが良くない」

 サラサラストレート族の族長が言った。


「我々は体毛の特徴が同じもの同士で結束し合っている。ならば、見た目を似たものに近付ければ、親近感も生まれ、仲良くなるのではないか」


「だとして、どうすればいいのだ」

 くるくるカール族の族長が鼻を鳴らした。

「どう努力しても、我々のくるくるカールがサラサラストレートになることはない。しましま族がドット族に変わることがないように、だ」


「諦めるのはまだ早い。ここに古い日記帳がある」

 そう言ってボロボロの冊子を取り出したのは、ふわふわ羽毛族の族長だった。

「我が先祖が書き記したものだ。とある伝説について書かれている……」


 日記にはこう書かれていた。

『「神の星」が最大に近付く時、「天空の丘」に登った者たちが心を一つにして祈れば、どんな願いも叶えられるだろう。』


 幸い今年は三百年目の、「神の星」が最大に近付く年だ。

 話は決まった。族長たちは列を作って、「天空の丘」へ向けて行進を始めた。


 数日かけて全員が丘に登り切った夜中のこと。「神の星」が最大に近付くタイミングが、ちょうど訪れた。

 ギリギリの滑り込みセーフだった。誰かが後れを取ったらこの機会は訪れなかったと、切迫感のある状況が皆の心を取り持った。

 丘の上で全員が手を取り合い、輪になって、一心に願った。


 神様、どうか私たちの姿を、個人の識別ができる程度に、しかし突出して異なる点のないように、まとまりのある姿に変えてください――


 夜が明ける頃、彼らの姿は、新しいものに生まれ変わっていた。

 

 全身に生えていたモフモフの体毛はすっかり抜け落ち、頭や顔や体の一部にその名残を見せるだけとなった。

 体毛の代わりに剥き出しになったのは、つるりとした素肌である。

 望み通りに全員がよく似た姿となったので、皆喜んだ。


「我々はもう、どこからどう見ても、一つの同じ民だ」

 族長の中でも年嵩の者が、代表として満足げにスピーチをした。


「自分たちに新たな名をつけよう。『人間』というのはどうだろう」


 多くの拍手が鳴り響き、誰もが新しい名を称えた。

 そして、これから未来永劫続くであろう、争いのない平和な世の中の到来を、心から喜び合ったのだった。



<了>

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