夏休み
二〇二〇年七月
『明日から夏休みなのに、予定あれへん。どないしよ』
(<彼女>も夏休みに入るのか……)
桃介の大学も、
<彼女>がした主張を要約する。
学校の友達が一人も出来なかった。でも、地元の友達に、ぼっちだと思われたくないから、誰かとどこかへ行き、遊んでいる写真を撮って送りたい――端的にいえば、リア充であると捏造したいという内容だ。
相変わらず<彼女>は平然と、とんでもないことを言い放つ。
ネタだとしても、設定に無理がある。
<彼女>の配信を初日から見ているが、友達が出来ないような欠点は、見当もつかない。もしも本当に友達が居ないのなら、性格が悪いのか、不細工なのか――致命的な欠陥でもない限り、考えられない。
今や<彼女>のチャンネル登録者数は万を越え、誰でも知っていると言っても過言ではない人気配信者。配信初日に話題を
<彼女>は配信で、顔を出したことは無い。
けれど、たった一度だけ、配信初日に『おっぱいぼいんぼいんまつり』という配信で胸元を映した。色白で華奢な
<彼女>がキャプチャ画像の掲載を許容したことで、掲示板とSNSはお祭り騒ぎ。正確には、<彼女>はキャプチャが何かを知らず、適当に相槌を打っただけ。
瞬く間に、〝萌え
前日まで存在すらしていなかったのに、突如現れ、話題を
芸能関係者によるステマだと主張する人、本当に<彼女>の
SNSでは<彼女>のチャンネル名〝ひなまつり〟と、配信者名の〝
当の<彼女>は、そんな話題に一切触れることなく、マイペースに配信を続ける――コメント欄に、度々『おっぱい見せて』と書かれても、軽くいなす。
翌日。二〇二〇年七月二十二日。
朝から<彼女>の配信が始まる。『同級生と、遊ぶ約束を取り付けることが目標』だという。
カメラはスマホを操作する手を捉えている。スマホの画面は見えないが、特別な操作をしている様子は無い。上から順に発信しているように見える。
何人に掛けたか数えてはいないが、出なかった人を含め、二十人以上には掛けている。
スマホを操作する<彼女>の指が止まる。
『全滅や……泣きたい。配信切ってええ?』
今にも泣き出しそうな、震える声。もしもこれが演技なら、一流の役者だと感じるほどの表現力。
<彼女>は、特別なことをしていない。
電話では、いつもと変わらない<彼女>が普通に誘っていた。それなのに断られ続けていた。応対者の声は全て別人のように聞こえた。これは、大掛かりな仕込みなのか――。
桃介以外にも、腑に落ちていない人が大勢居るようで、コメント欄は擁護と批判で大荒れ。
ひとしきり主張が入り乱れた後、遊び相手になりたいと、名乗りを上げるコメントで埋め尽くされる。チャンネル登録者数は急増。ミラー配信まで出現。
(<彼女>を、他の誰かに取られたくない)
発信し続ける。
――<彼女>の部屋で鳴っていた着信音が止む。出てくれたが、誤って出てしまったような反応。配信を見ている視聴者達は『発信者は何者だ?』と関係を詮索し始めた。
瞬く間に特定された。コメントからプロフィールを辿られたようだ。
<彼女>と親しく接すれば、アンチが大量に湧き、炎上することは必至。桃介は、そんな未来を望んではいない。
「友達、本当に居ないんですか?」
桃介は、皆が聞きたそうな質問を代弁することに徹する。
コメント欄が、
『全員に断られたの見とったやろ』
「さっきので、本当に全員ですか?」
『あと一人おるけど……絶対無理やで。うちが一方的に憧れてる人。話したことあれへん』
残念なことに、憧れの人が桃介ではないということだけは確定した。
(一番接点を持ちたい相手を、避けることが正解なのか?)
「誘ってみましょう!」
目で追いきれない速度でコメントが流れる。全てが桃介に対する批判。全滅した直後だ。誰もが成功するはずが無いと考える。
『憧れてる人に拒絶された後、平気でおれると思う?』
何故断られる前提なのか。
「連絡先を教えてくれてるのだから、良い返事をもらえる可能性はゼロじゃない。その可能性を捨てるんですか?」
無言の時間が流れる――考えているだろう内容は、容易に想像出来る。
『接点、ほんまにあれへんさかい、知り合いに誘われたことにしてもええ? アンケートで決めよ』
OKが99%。全敗した過程を、一部始終見ていた。口実が結果に影響すると考える人は居ないようだ。
『明日、海
(まさか、それだけか!? 他の人にはもっと話してただろ。終わった……)
返事は、まさかのOK。
通話を切った<彼女>が絶叫する。
『うち、誰にも誘われてへん! 明日、どないしよう!?』
<彼女>が待ち合わせ場所に指定した
(この機を逃せば、会えるチャンスは二度と訪れないだろう。俺も勇気を出そう)
「
誰かを連れて行く条件付きではあるが、<彼女>と会えることになった。
『一つだけ約束して。呼んだ子が、嫌がることだけはせんといて。約束出来る?』
(当然だ。<彼女>にしか興味は無い)
「もちろん! 嫌がることなんてしませんよ」
『信じる。うち、撮影するもの持ってかへんさかい、代わりに撮ったって。配信するためにさそた思われたない』
【
配信画面の上部に案内文が掲示される。
桃介に、続々とチャンネル登録通知アラートが届く。桃介のチャンネル登録者数は急速に増加。瞬く間に千を越えた。
何故、桃介が配信するよう促されたのか。すぐに理解した――登録者全員を監視者にしたのだ。信じる、信じないの話ではない。桃介を、衆人環視の
(今更拒否することは出来ない。それは<彼女>も同じ。仕返ししてやろう……誰も知らなくて、誰もが気になっているものがある)
「俺に撮影を任せると、顔を映しますよ?」
『かめへんよ。顔知らへんと、待ち合わせできへんし映すわ』
想定していなかった反応。
(顔を見せたくないから、隠していたんじゃないのか!?)
カメラに伸びる手。画面に映し出された<彼女>の顔は、モデルや芸能人と言われても信じるほど、整っていて可愛い。配信開始時から、映像は一度も途切れていない。加工アプリで弄り
コメント欄が荒れ狂う。
『文字列やかましい。隠してへん。見せろ言われへんさかい、興味無いと思うとった』
すぐにコメント欄は、桃介への妬み嫉みの嵐で大荒れになった。この後、桃介は配信終了まで一言も発することは出来なかった。
『明日、よろしゅう』
配信終了後に聞こえた<彼女>の声。したたかなのか、天然なのか掴めない。
<彼女>が『明日の準備をする』と言い、通話が切れる。
桃介が誘う相手は決まっている。桃介のチャンネルに登録している、リア友の二人。他に誘う当てが無いから、絶対にOKをもらわなければ困る。
グループメッセージを送信する。
桃介:『明日〝ひなまつり〟とコラボ配信することになった』
徳蔵:『妄想乙。あり得んだろ』
当然の反応。<彼女>は有名な配信者。信じられないのは無理もない。
林蔵:『配信見てたから知ってる。チャンネル登録者数の増加、半端ないな。もう、千人超えてるぞ』
林蔵への説明が不要なだけでも助かる。夢みたいな話だから、信用させなければならない人数が増えると骨が折れる。
徳蔵:『あり得んだろ……ガチ?』
桃介:『ガチ』
林蔵:『内容はどうする? 闇を暴く系?』
桃介:『それとなく、噂の真偽を確認してみようとは思う。謎が多いしな』
徳蔵:『実は
林蔵:『それは無さそう。顔出ししてた』
徳蔵:『マジか! 掲示板にアップロードされるの期待』
林蔵:『明日、
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