第5話
『少年、先ほど飛び出していった子供が森の怒りを買った』そわそわと家中を歩き回っていたナケアの頭に大木の声がひびいた。
「ハクサが?」
『うむ。兎の命の尊厳を傷つけたのだ。これから同じ苦しみを味わうだろう。それだけではない。これからお前たちを皆殺しにするまで、森の獣たちの怒りは収まらないだろう』
「そんな。なんとかして止められないかな」
「私は自然を司る精霊だ。私が訴えれば、獣たちも怒りを抑えてくれるかもしれぬ」
「……森へいこう」
ナケアは腹を揺らしながら大木のもとへ向かった。
ナケアが大木に到着したとき、森の入り口がざわざわとうごめき、ハクサが村長と男に肩を貸してもらいながらでてきた。ナケアはずっと一緒に育ってきた仲間の、変わり果てた姿を見て短い悲鳴を上げた。
ハクサの両足はボロぞうきんのようにめちゃくちゃに噛まれ、満足に歩くこともできていなかった。三人が出てきた後、次から次へと怒り狂った獣たちが飛び出してきた。先頭にたつのは、ひときわ大きな黒い狼だった。
ナケアは三人を守るように獣たちの群れに立ちはだかった。「外に出るなといっただろう!」と村長の悲痛な叫びにも耳をかさない。狼はギラリと光る牙を見せつけながら、怒りに震えるうなり声をあげた。それは確かな言葉となって、ナケアの耳に届いた。
「そこをどいてください、人の子よ。私たちはそのハクサとかいう不届きものを成敗します。邪魔をすれば容赦はしませんよ」
『黒狼よ。精霊である私に免じて、怒りを鎮めてくれないか』
「ハクサはぼくの大切な家族なんです。どうにか許してください。おねがいします!」
「無駄です。緑の精霊に、人の子よ。私たちの怒りは、もはや謝罪では収まらないのです」
「いやです! どうしてもハクサを殺すというなら、かわりにぼくを殺してください」
「いいでしょう、そこまで言うなら、貴方の覚悟を試させてもらいますよ」
狼はするどい牙をひらめかせ、一思いにかみきった。
「っつうっーーーーー!!!」
ナケアは声にならない絶叫を上げた。右足が根元から切断されていた。間髪入れず、左足も切り離された。傷口を焼かれるような痛みに、悲鳴と涙がとまらない。何も考えられない。
「どうです? 痛いでしょう。苦しいでしょう。さあはやく諦めなさい。止血すればまだ助かります」
「いや……だ!」
「どうして俺のためにそこまでする? 俺はおまえを……さんざん悪く言っていたのに」ハクサが苦しそうにいった。
ナケアは自分でもなぜかはよくわからなかった。ただ、これは自分のためなのかもしれない、と思った。このままハクサを見殺しにすれば、一生後悔する気がした。その思いを抱えて生きるのは嫌だった。
「ぼくは何の役にも立たない人間だから、人のために何かをしないとだめなんだ。たとえきみがぼくのことを嫌っていたとしても、ぼくはきみのために命を懸けるのをやめない。それがぼくの、存在していい理由になるから!」
狼がまたすばやく牙を動かした。容赦なく、ナケアの体のあちこちがちぎれ飛んだ。ナケアのまわりに血だまりができ、口から鮮血がしたたった。
「ナケア!!!」
遠く、ハクサの声が聞こえる……。ナケアはべちゃりと倒れた。
色の精霊 砂漠雨 @sabakuame
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