第4話

 ハクサはうす暗い大木のわき道を走り続け、森の入り口までやってきた。夜の森は昼と違い、入ったが最後戻れない、底なしの胃袋のような印象をうける。しかしハクサは悪い考えをお振り払うように首をふった。

 村長がナケアのことをかばったとき、裏切られた、とハクサは思った。誰よりも弓の練習をして、大人も顔負けの腕前を手に入れたのに。村長もその努力を知っているはずなのに。薬草いじりばかりしているグズよりも愛されないなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるか!

 ハクサはぐんぐんと森の奥へ進んだ。すると、視界の端に、白く跳ねるものがうつった。まり兎だ。ハクサは身体をぐいとひねり、反動をつけて弓を放った。小さな兎は片足をうちぬかれ、バランスを崩して地面に激突した。ハクサが近づくと、兎は残った足で懸命に逃げようとする。迷わずもう一本の足もうちぬく。それでも兎は逃げようとする。はは、とハクサの口から笑いが漏れた。この小さな命は、今や完全にハクサの手の上にのっていた。命をもてあそぶのってこんなに楽しいんだ、とハクサは気づいた。たっぷりと時間をかけたあと、兎の心臓を貫いたとき、ハクサは自分がいつのまにか森の最深部まで来ていることに気付いた。凍りつくような殺気があらゆる方向からハクサを襲った。全身が震えて止まらない。前の闇がうごめき、わずかな月明りに照らされて、巨大な影が立ちあがる。影は兎の死骸にそっと身を寄せた。

「ウオオオオオオーーーーーーン」

 びりびりと、衝撃波のような咆哮が木々をゆらした。ハクサは弓を放り投げ、足をもつれさせながら一目散に逃げだした。


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