東海道
初夜は床入りして奉公するもの。
「おたのもうします。隣で寝させとぉくれやす」
いらえようとすると、するりと
枕は離されとるけど、隣に置いてもらうことは出来た。そやけど、背を向けられとる。恥ずかしいのやろうか――おつむでは、耐えなあかんとわかっとっても、耐えられへん。
「ケジメつけるさかい、気ぃ向いたら見とぉくれやす」
舞妓最期の舞は、〝黒髪〟。芸妓へ襟替えをする、わずかな期間にのみ舞うことが許される舞。独り寝の女の、悲しゅう、切ない想いを表現する。
舞妓になれへんかった
ザク、ザク――三度目の音の後、<旦那はん>が振り向いてくれはった。そやけど、振り向かせることは目的ちゃう。どないな表情したらええか、わからへん。無心で、じっと目ぇ見つめたまま、手ぇ止めんと黒髪を切り落とし続ける。
肩より下にあった黒髪は、もう残ってへん。そやけど、<旦那はん>は見とるだけで、止めてはくれへん。そら、
そんなん嫌に決まってる。そやけど、覚悟も決めてる。手の震え止めるため、
音はせんと、数本の髪だけがハラリと舞う。何かが顔をツーっと伝う感触。視線を上に移すと、ハサミの刃が<旦那はん>の指に食い込んどるのが見える。
<旦那はん>の指を口へ運び、舌を絡めてから吸う。
<旦那はん>の
ありえへんタイミングで、多額の代金を
そやけど、関心あらへんやら、苦手意識持ってるわけちゃう。商品価値を少しでも高めるため、いつか
<旦那はん>の首に手ぇ回し、引き寄せる。
「うちの全て捧げる。好きに
接吻寸前ちゅうとこで、両肩を掴まれ、
「そういったことは旦那様に……私は
「<旦那はん>ちゃうの? ……そないな大事なこと、
「長く女社会で過ごすと、そのような
「ならしまへん。うちの覚悟、返してほしおすえ」
「私も覚悟を決めました。それでは、仕切り直して続きをいたしましょう」
「そらあきまへん。<旦那はん>の所有物に手ぇ出したら、ただで済まされへん」
「所有物同士ですので、問題は無いと存じます」
「初めてを捧げる相手は、<旦那はん>と決めとります」
何か思い出した様子の女中さん。
「旦那様が渡航する際、数年間は帰ってこないと
「せやったら、なんで今うちを
「旦那様からは、進学させるよう指示を承っております」
義務教育は、
進学ちゅう表現を用いるのんは、高等小学校。義務教育ちゃうさかい、進学するのんは、狭き門。
指示は、進学させることだけやろか――それだけやったら、賢い子
この女中さんの特性は、すべきことをしいひんこと。名乗ること、指示を伝えることを忘れとった。もしくは後回しにしたんか――敢えてしいひんかった可能性も否定は出来ひん。
もっと重要な特性は、嘘ついたり、隠そうとはしいひんこと。ほんで偏見を持たへんこと。確証あらへんけど、会話しとる中でそう感じた。女中さんが見聞きした全ての情報は、脚色されんと筒抜けになる。監視役に、うってつけの特性やえ。
先程伝えられた指示は、女中さんに対するもの。おそらく
「<旦那はん>から預かっとる
あらへんなら、あらへんて答える。そやさかい、〝
女中さんが答えたのは、三つの要求。
一、他のお兄さんと交友しいひんこと。
二、指定された学校に進学すること。
三、
二つ目の要求と、女中さんへの指示が重複しとることから、難易度は高いやろうと想像つく。
あとは、
順番にも、意味あるんやろうか――。
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