手紙

 置屋おきやに入って早三年。

 尋常じんじょう小学校でなろうた範囲はんいではあるけど、句読くとう暗誦あんしょう習字しゅうじ算術さんじゅつ習得しゅうとくした。らへん知識ちしき補うため、き時間を読書どくしょにあてるようにした。そやけど、まだ読めへん字はぎょうさんある――胡桃くるみが考える必須技能ひっすぎのうは、読み書き出来ることと、美しい字をしたためられること。字ぃ読めな、だまされても気付けへん。読むだけやなしに書けるんやったら、ほんのわずかな接触せっしょくの機会を、手紙やり取りすることに使える。


 幸い、今は手紙のやり取りしとる姐さんはいいひん。人のもんに手ぇ出したら怒られるけど、まだ誰の物にもなってへんさかい、手紙渡しても問題起きひん。この機を知っとって逃すのんは阿呆あほうや。

 とはいえ、筋通すに越したことはあらへん。

 まずは姐さんらに手紙を渡したいこと相談して、承諾しょうだくもろうた後、お母さんに許可をうた。

品行方正ひんこうほうせいやさかい、問題あらへん思うとるけど、念のため、渡す前に確認させてもらいますえ」

 お母さんから出された条件は、これだけ。


 許可を得られた胡桃くるみは、目ぇうたお兄さんらに『またお会い出来る機会を楽しみにしてます』とだけしたためた、無記名むきめいの手紙を手渡すことから始めた。お母さんとの約束通り、内容を確認してもろうたものを渡す。店出し前の胡桃くるみには、まだ名前があらへんさかい、無記名むきめい舞妓まいこちゃんの名前は、店出しが決まったときに命名めいめいされる。


 手紙は、誰にでも渡すわけちゃう。紙を買うにも、かねがかかる。ちゃんと相手えらんどるさかい、渡した相手は全員覚えとる。意図的いとてきに目ぇ合わしてきたお兄さんに渡す、二回目の手紙には『またお会い出来て嬉しおす。覚えとってくれておおきに』としたためたある。目ぇ合わしてくれる限り、感謝の言葉をしたため、贈り続ける。


 なかには、返信くれるお兄さんおるさかい、お母さんの許可を得て、文通ぶんつうを始める。残念なことに、言葉以外の理由で、まともに意思疎通いしそつう出来ひんお兄さんもおる。そのときは、深入ふかいりする前に、効率こうりつ良う間引まびくこと出来て良かった思うようにしとる。

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