夏休み

 二〇一〇にせんじゅう年七月。明日から夏休み。

 今日も茉莉まつりは、いつもどおり直帰する。用事があるわけやないけど、はよ配信しとうて毎日直帰しとる。


 同級生のツレは未だにゼロ。五月までの一カ月、常にあかるう振る舞うて、関心持ってもらおうと試みたけど、空回り。期待する反応得られへんかったさかい、諦めた。

(地元のツレに、こっちのツレと撮った写真、送って言われたけど、どないしよう……)

 垢抜けた印象にしとうて、思い切って明るい金髪に染めた。雑誌や動画を参考にして、メイクの練習もした。一緒に写ってくれる人さえおったら、写真送れるのに――。


 落ち込んどってもしゃあない。なんしか配信することにした。


「暇やあ」

 茉莉まつりの配信目的は暇つぶし。何かを披露しようなんて考えは微塵もあれへん。


 479: 彼氏に構ってもらえ


「おらん。おったら配信してへん」


 483: 正論だな

 484: 我々が彼氏


「ぎょうさんおるな。<文字列>は、独り占め出来んくてもええの?」


 491: それは嫌だ

 492: 暇なら我々と遊ぶといい

 493: それがいい


「今遊んどるやろ」


 529: うむ

 530: リア凸配信しようず

 531: クンカクンカしたい


「明日から夏休みなのに、予定あれへん。どないしよ」


 969: だからリア凸をだな

 970: 学校の友達誘おう

 971: デートしようず


「うち、ツレおれへん……」


 1019: ぼっち乙

 1020: ここに居るじゃないか

 1021: よりどりみどり

 1022: 顔面に問題があるのか?


「女子高やし、顔面は関係あれへん思う。うち、性格悪いんやろか」


 1169: 裏表が激しいとか?

 1170: 配信してるときがなら、悪くはない

 1171: わがままではあるな

 1172: すぐ配信切るの良くない

 1173: 我々を<文字列>と呼ぶの良くない

 1174: 扱いが酷い


「相変わらず<文字列>やかましいな。うちが同級生やったら避ける?」


 1175: 僕をスルーするの良くない

 1176: いらんことばっか言っとるから、ミュートされとるだけやろ


「ミュートしてへんよ」


 1177: 積極的に話しかける

 1178: 抱きつく

 1179: ぺろぺろ

 1180: 何か致命的な欠陥があるんだろ

 1181: 今電話して誘ってみて


「電話するのはええけど、心の準備出来てへんさかい、明日でええ?」


 1293: おk

 1294: おk


「ほな、今日はしまいにするわ」


  * * * 


 夏休み初日。朝から配信を始める。

 同級生と遊ぶ約束を取り付けることが目標。電話帳の上から順に発信していく。

 出てくれへんのは、ダメージあれへん。相手せわしないんやろうと思うだけで済む。そやけど『無理』とか『嫌や』言われるのはダメージおっきい。

 同級生は出身中学校で、トップの成績やった子ばっかり。そないな子らが集まったら、誰かはベベになる――それが茉莉まつりやった。そないなこと恥ずかしうて、誰にも言われへん。視聴者には隠せても、校内に順位表が掲示されるさかい、同級生には隠されへん。

(べべの相手してもメリットあれへんさかい、断られるのはしゃあない。そやけど、頭でわかってるのと、受け入れられるんは別。納得出来たら苦労しぃひん)

「全滅や……泣きたい。配信切ってええ?」


 2142: 我々がついてる

 2143: ここで泣け

 2144: 一人になると余計辛くなるぞ

 2145: リア凸するか

 2146: 我々はまつりの味方


 着信音が鳴る。


 2217: 出て


「うっさい。今しゃべりたない」


 着信音が止まらない。


「たいがいにしたってや! 話すことあれへん言うとるやん」

 クリックしたタイミングが悪く、誤って出てしもた。


 2243: momoモモ。配信者


『友達、本当に居ないんですか?』

 <文字列>コメント欄ざわめく。

「全員に断られたの見とったやろ」

『さっきので本当に全員ですか?』

「あと一人おるけど……絶対無理やで。うちが一方的に憧れてる人。話したことあれへん」

 掛けてへんのは、絶対にあかんとわかりきっとるさかい、飛ばした一条いちじょう羽菜ハナだけ。


『誘ってみましょう!』


 2328: 鬼畜

 2329: 死体

 2330: 合掌


 目で追いきれへん速度でコメントが流れる。


「憧れてる人に拒絶された後、平気でおれると思う?」

『連絡先を教えてくれてるのだから、良い返事をもらえる可能性はゼロじゃない。その可能性を捨てるんですか?』


 2431: やめておこう

 2432: 誘ってみよう

 2433: 拒絶されると決まったわけではない

 2434: 一縷の望み


「接点、ほんまにあれへんさかい、知り合いに誘われたことにしてもええ? アンケートで決めよ」


 OKが99%。ほとんどの<文字列>視聴者には、慈悲の心があるらしい。

 <文字列>に後押ししてもろて、電話する覚悟を決める。

「明日、海こうや。知り合いに誘われてん」

 テンパってしもて、今までで一番雑な誘い方をしてしもた――今更後悔してもしゃあないけど、悔やむ。


 2501: おい、誘い方(笑)

 2502: 雑過ぎ

 2503: オワタ


 返答は案の定――みんなの予測を裏切り、まさかのOK。

 知り合いに誘われたなんて、見栄を張ったことを悔やむ。普通に誘えとったら、ツレになれたかもしれへん。


「朝九時。那古野なごや駅の金時計きんどけい前で待ち合わせ」

 頭が真っ白になって、それだけ伝えて電話を切ってしもた。


 コメント欄に、祝福メッセージが溢れる。

 茉莉まつりは、重大な問題に気付く。

「うち、誰にも誘われてへん! 明日、どないしよう!?」


 2911: 我々と行けばいい


那古野なごや駅なら、行けますよ』

「通話繋いだままやったな。ほんまに!?」


 3110: 男は狼になr

 3111: 4545シコシコ

 3112: 危ない


「<文字列>は、うちが嫌がることするん? <文字列>のこと信じんほうがええ?」


 3113: しない

 3114: 耐える


「ならええやん。ツレ呼べる? 男女二人で出掛けるとこに呼ぶのおかしい。付きおとるみたいやし。何人かおったら疑惑持たれへんやろ」

『呼べますよ』


 一条いちじょうさんに、同行者が男や言うてたら、断られたやろう。幸か不幸か、同行者の性別を確認されてへん。問題は、momoモモとは配信を見とるだけの関係で、どないな人間か知らへんこと。

「一つだけ約束して。呼んだ子が、嫌がることだけはせんといて。約束出来る?」


 3121: 自分も大切にして

 3122: 当然、まつりが嫌がることをするのもダメだ


『もちろん! 嫌がることなんてしませんよ』

「信じる。うち、撮影するもの持ってかへんさかい、代わりに撮ったって。配信するためにさそた思われたない」


 3141: 万一のときは我々が通報する


momoモモのチャンネルはこちら】

 配信画面の上部に案内文を載せる。


『俺に撮影を任せると、顔を映しますよ?』


 3343: 早速の嫌がらせ

 3344: 相手、選び直す方が良いんじゃない?


「かめへんよ。顔知らへんと、待ち合わせできへんし映すわ」

 カメラのレンズを顔に向ける。


 3345: 嘘やろ……

 3346: 不細工……じゃないだと!?

 3347: 謎の敗北感

 3348: 何故今まで隠していたんだ

 3349: この顔と身体からだで、萌えごえとかチート過ぎだろ

 3350: 神は何ブツ与えてんだよ


 コメント欄が荒れ狂う。

「文字列やかましい。隠してへん。見せろ言われへんさかい、興味無いと思うとった」


 3865: 俺のチャンネルで配信させて。チャンネル登録者すう多いから、宣伝になるよ


「さそてくれなんだやん。どんくさいやつ嫌。困ってるとき、助けてくれる人を頼りたい」


 4164: 即行でフラれてる件

 4165: 安定の毒舌

 4166: 誘えば良かった


「次あったら、さそてみればええ。明日の準備したいさかい、配信しまいにするわ。水着いに行く」


 4214: 露出多めで頼む

 4215: 要求すると、応じてくれるのがまつりクオリティ


「一分後に配信切るさかい、それまでに要望いといて」


 4221: 水着は水色で

 4222: サイドは紐で

 4223: 濡れると溶けるやつ


 4242: 手作り弁当

 4243: 作れるのか?

 4244: 作れるやろ。一人暮らしやぞ

 4245: 三食コンビニかも

 4246: 自炊してるぞ

 4247: ※炊飯器の音が鳴ると、配信が終わります

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る