第44話 迎えにきたよ

「急性薬物中毒でした。自殺かもしれません。華観さまのお部屋で,先生と御歌さんがお倒れになっているところを,私が発見いたしました」

「馬鹿を言え――そんなはずないさ」

 澤渉は頭をさげたままでいた。

 突風が吹きつけ,身体をもっていかれそうになる。陸橋の手すりによろめいて澤渉に支えられた。

「お気を確かに。しっかりなさってくださいませ」

 そう言った澤渉の顔が一瞬にして青褪めた。

 背中に鈍痛を感じた。誰かが背後にいる。振りむくと,鮮血に染まったナイフを握り締め,幸一が立っていた。

「全部おまえのせいじゃ……疫病神め」

 幸一が突進してきた。

 ずぶりという音がして眼前が真っ暗になる。

「華観さま!――華観さま!――」

 ママ,パパ,御歌,ごめん。本当にありがとう。

 御歌が眦を裂いた。諦めるつもり! 華観ちゃんのせいで,みんなが駄目になったのに,もう諦めてしまうん?――不幸にした人たちの分まで頑張れと発破をかけるのだ。

 このままでは終われない。露骨な冷遇や侮蔑を一身に浴びて自尊心が蹂躙されると分かっていながら,就職活動を再開したのは,資金をためてアフリカ大陸のブルキナファソへ渡ろうと決めたからだ。そこに僕と同種と思しき人々が存在している――そう,ダニエルの語った,快楽物質を自らの体内に生成するとかいう生殖能力に長けた某種族だ。およそ労働欲も社交性も欠如する彼らは 今でこそ物笑いの種 として おとしめられているが,その体質の 仕組み が解明されれば,性の障害 や不妊の問題に悩める人々に一筋の光明を齎すことになるだろう。忌み嫌われ,蔑まれてきた無生産者が多くの人々の役に立つ優良生産者になれるのだ。それでの地へむかい,僕らの属する某種について研究しようと一念発起した。だから,幸一,君も協力してくれ! 一緒にアフリカへ行き,僕らに備わる可能性を発掘しようじゃないか!

 ……迎えにきたよと微笑みながら千代田が近づいてきた。(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

疫病神――某種と思しき僕らについて―― せとかぜ染鞠 @55216rh32275

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ