第43話 ご愁傷さまです

 千代田邸の周辺をうろついていた。就職活動の帰りだった。ハローワークで紹介状をもらい,面接に出かけてみたものの,週3日程度の勤務を希望したところ,担当者に席を立たれた。

 御歌と話がしたかった。邸内から出てくればいいのにと祈っていた。

 耳を澄ました。声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。

 千代田邸の裏手にある陸橋歩道の上でマイクを片手に澤渉が演説している。薬の撲滅を訴えていた。

 僕が階段をのぼり終えたところで,澤渉も気づいて口もとからマイクを離すと,白い歯を覗かせた。

 コンタクトを通して眺める澤渉の姿は,度の緩い眼鏡や裸眼で見ていた頃のそれに比較すると,随分老けこんでいた。それに,はじめて気づいたが,何処となく千代田に似ている。

「ずっとお探ししてたんですよ。ご実家にも伺いましたが,どうしてもお会いできなくて――遺産の手続きをとっていただけませんか」

「遺産の手続き? 遺産って何さ?」

「え……」

 戸惑いの表情を浮かべる。

「まさか,ご存じないんですか」

「一体なんのこと?」

「先生と御歌さんのことです」

「――御歌が――妹がどうかしたの? 何かあったの?」

 澤渉は姿勢を正した。

「ご愁傷さまです」

 頭をさげる。

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