第40話 眠りへの憧憬
妹の部屋を走りでて地下の部屋に戻った。真裸の千代田がベッドの背凭れに寄りかかり,上体を後方へ反らせている。
「仕事に行かなかったのか!」
「行ったけど,俺の席がなかった」
待ち侘びたようにベッドを這いだしてくる。
「華観……」
「よせ!――風呂に入ってこい! 髭ぐらい剃れ!」
千代田は体を洗って一瞬のうちに戻ってきた。
口論と,殺しあいにも近い肉弾戦を繰り返したあげく,同じ行為に明け暮れた。そのうち僕は諸々の暴言を吐く気力もなくし,息だけ吸ったり吐いたりしていた。
御歌の指摘は的を射ていた。自分の醜さを抉りだされ,打ちのめされていた。
何をするのにも億劫になってくると,千代田は喜んで面倒を見てくれた。100 歳をこえたお年寄りだって僕ほど手厚い世話を受ける人はいないだろう。入浴も飲食も排泄もさせてくれる。何も動かなくていいし何も考えなくていい。ただ,はあはあ息だけしていれば,時間が過ぎた。できれば息をするのも放棄してしまいたい。何もかも滅法うんざりだ。せめて両眼を閉じ暗闇に沈む……
海底さながらに演出された視聴覚ルームで,放映中の映画を制作した監督が,主賓として招待されるパーティーに行こうと誘われる。
映画は好きで,千代田邸に来てからも視聴覚ルームに入り浸っていたものだ。けれども,今はそうでもない。映画なんて見たくもないし,監督とやらにも興味はない。静かにしていたいのだ。眠りに落ちて,いつまでも意識が戻らないで欲しい……
それでも必ず眠りは覚めた。
いつしか車に揺られている。千代田の腕にかかえられ,後部座席に座っていた。
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