第39話 優越の我慢

 シャワーも浴びずに千代田が出かけたあと,3階南東に位置する部屋を訪ねた。

 御歌はいっそうやつれて,目の下に隈ができていた。

「妹の不幸を笑いにきたんじゃろ」

「なんで,ほんなこと……。なんか,できること……ない?」

 実のない会話でいい。とにかく御歌と話したかった。

「私にさえないのに,華観ちゃんにあるはずないやん」

「御歌ちゃん……僕が自殺しかけたときのこと,覚えとる?」

「ほんなん覚えてない」

「公園の釣り堀で死のうとしたやろ?」

「華観ちゃんの部屋でやろ?」

「違うよ,釣り堀でよ――あのときママとパパとが迎えにきてくれたんよ。ほんで抱きしめてくれて,そばにおってくれたらええ,おってくれるだけでええって言うてくれた……」

「じゃけん,なんなん? 何が言いたいん?」

「御歌ちゃんも迎えにいったらええ」

「何処におるかも分からんのに,どやって迎えにいくんよ!」

「……今から2人で捜しにいこか……多分,見つかるよ」

「無責任なこと言わんといて! 大体,誰のせいで幸一がおらんなってしもたと思うとるん! 華観ちゃんのせいなんよ! 華観ちゃんのことを友達にあげつらわれて,あの子は寮におれんようになってしもたんじゃけん!」

「友達に僕のことを? 手術の失敗のこと?」

「もっと最悪のことよ。同級生に政治家の息子がおるんやって。その子が幸一に聞いたんじゃと――おまえの伯父さんはそんなにええんかって!」

 なんで……どうして,そんなこと言われなきゃいけないんだ。赤の他人に……しかも,何も知らない甥っ子にまで……

「また華観ちゃんのせいよ! 華観ちゃんのせいで,みんなが駄目になる!――華観ちゃんは疫病神じゃ!」

 どうして僕ばかり責められなきゃいけない? いつも僕ばかり失敗や不幸の原因を負わされる。本当にそうなのか? 僕のせいなのか? そんなの,そんなの――

「絶対,不公平だ!」

 妹は恨みがましく僕を見た。

「御歌ちゃんが命令したんやろ! 千代田とうまくやれって! 御歌ちゃんのために全部我慢してきたのに!」

「我慢?……」人の神経を逆撫でする嘲笑を浮かべる。「楽しんどるくせに。優越感に浸って楽しんどるんじゃろ?」

「ああぁ?……」

「ノーマルやったら私を選ぶじゃろ。男好きやけん華観ちゃんをっただけよ。はじめて妹に勝ったけんって偉そうにすんな! 聞こえよがしに卑猥な声,出して――勝ち鬨でもあげよるつもり!」

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