第34話 御歌が呼んでいる
泣き叫びながら許しを請うて,耐え抜こうと我慢はしたが,結局は講師の姓名を漏らしてしまった。
彼がその後どうなったのかは知らないが,それについて関心を示すとき,千代田は決まって手のつけられない猛獣と化すのだった。
僕は挑発する愉しみを覚えた。
我が 儘 な
何かの声が聞こえる。自分の声ではなかった。動物か虫だろうか……。御歌の声だと知れた。御歌が僕の名を呼び,ドアをノックしている。
「行くな……」
千代田が囁いた。
ドアノックが2度高く響いた。反射的に体は動いたが,屈辱的な格好に押さえつけられ,無理強いされる。激しく抵抗した。
「こんなに頼んでも駄目?……妹はすごく献身的だった。こっちがなんにも言わないのにさ」
大暴れしたが,重しの巨体は微動だにしない。緩みきった顔面に唾を吐きつけてやる。
唾の塊がこめかみをつたって頰へ垂れる。
気が動転した。泣き喚きながら,むちゃくちゃに頭を振って,繰り返し唾をふきかける。
「もったいないよ」
口を塞がれて唾液を吸いとられた。
僕に自由はないのだろうか――考えに考え抜いた。行きついた答えは呼吸だ。岩みたいに頑として息をしてやるまい。呼吸をとめた。
「……おい,何をしてるんだ」
異変に気づいたらしい。
薄目をあけて虚空を見ていた僕は全身を揺さ振られた。堪らず速い呼吸をして咳きこんだ。
「馬鹿……マジにするなよ。言ったろ,ほかの誰かじゃ無理なんだって」
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