第33話 おかしな感情

 おかしな感情が渦を巻き,鬱屈した気分に思考が蝕まれ,昼も夜も心身の不調に悩まされていた。

 あの夜以来,千代田の日課に組みこまれた奉仕活動は僕を失望させてばかりいた。特に御歌の夫の応援演説に出かけた日の夕方のそれは甚だ味気なかった。

 もしかして妹とまた何かがあったのだろうか。千代田の目に,御歌の体のさらされるような何かが……。そもそも,どうした経緯があって,千代田は御歌の体を見たのだろう。なんだって御歌は千代田に体を見せる破目に陥ってしまったのだろう。幸一の進学のために,あるいは,夫の選挙のために,魅力的な条件をぶらさげられて,千代田に無理強いされたのだろうか。

 くさくさしている様子の僕の機嫌をとるために,千代田は繰り返し奉仕に励んでいたが,今にも死にそうなぐらいぜえぜえ息切れしながらやがて動かなくなった。

 ……こんな風に御歌にもしているのだろうか。なんでそんなに草臥くたびれている? そんなに疲弊するほどたっぷり尽くしてやっているのか!――

「薬でも使えばいいじゃありませんか」

 目を閉じていたが,千代田が頭を起こし真上から覗きこんでいる気配を感じる。

「若い頃に戻りたい――報酬はよかったし,気持ちもよかったし」

 全てが噓でもなかった。大学2年の夏休みに泊りがけで講師のドイツ語訳を手伝った。徹夜続きで眠りこけている隙に唇の奪われる感触のおぼろにあったものの,何事もなかったように振る舞って高いバイト料をせしめた。

「俺が最初じゃなかったのか」

 首を絞められる。一瞬にして怖さと理解不能な興奮が押し寄せてきた。

 そういう意味じゃないとか,相手は女だとか,男だったがたいしたことはないとか,あれこれ弁解する。絨毯の上に引き摺りおろされ,ひざまずくよう命じられた。ひどい扱いを受ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る