第31話 DVの妹

「おまえと妹は一番知られたくないことを,一番知られたくない相手同士なんだな」

 眼底がじんと痛んだ。

「言うなって頼まれたけど,おまえだって,俺とのことを,ばらされた訳だから」

 最低な奴だ。こんな最低な奴はほかにはいない。

「そうさ,そのとおりだよ。でも,便利な男じゃないか。だって,おまえや身内の願いを,なんでも叶えてやれるんだぜ。……そう言えば,手術で人を殺した罪を教え子に着せた教授がいたっけ。野郎は猥褻罪とかで捕まって大学を追われたってさ」

 二重瞼の線と線との間隔が縮まり,黒目の部分が潤んで輝いた。褒美でも期待している目つきだ。

 馬鹿ばかしい。損なわれた名誉も,失われた月日も,切り裂かれた家族の心も修復されはしないのに。それに世の中全体がよしんば僕の潔白を信じたとしても,僕は恐くて象牙の塔にはもう戻れない。

「そういうとこ,好きだよ」

 吐息だけで笑う。

「でも,気に病む必要なんてない。悪事を働けば,報いを受けるのは当然だろ。それとも何? 怒ってるの? 下手すりゃ,義理の父親になるはずだったから?」

 首席で大学を卒業し,国家試験に合格し,大学院に入る前に教授の娘と結婚する予定だった。しのぶさんはあれからどうしているだろう。ほかの相手と結ばれ,幸せに暮らしているのだろう。

「よせよ。おまえの気遣ってやる女じゃない。本人は乱暴されたって言い張ってるけど,あの教授の娘だからね――駄目ダメ信用ならない。連中も薬漬けで覚えてないって。年増がバンドグループなんかに現を抜かすからさ」

 ――こいつ,何をしやがった!?

「知らない,知らない,俺は全然知らない。ただ,ヤクの売人に,あの女ムカつくって言っただけさ……よその女を心配する暇があるんなら,DVの妹をどうにかしてやれよ。全身,痣だらけだぞ」

 千代田の髪をつかみ,毛穴の目立つ顔面を真正面に引き寄せた。熱ばんだ表情から薄笑いが搔き消え,剃刀のすれた痕の残る頰がかたまった。

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