第26話 百昼百夜

 闇の虚空に突きあげた指が弄ばれる。

 こんなことになるのなら,もっと真剣に堅実な仕事を探していればよかった。

 インターネットで求人情報を見る僕に,そぐわない仕事ならしないほうがよいと言うのが母の口癖だった。自分は木枯らしの日も大雪の日も早朝3時に起床して,畑で収穫した野菜を全身ずぶ濡れになりながら丁寧に洗い,慎重に包装して出荷した後,また畑に戻り,日が暮れてからも鍬を振るった。父も午前7時まで母を手伝ってから会社に出勤し,日付のかわる頃帰宅した。同期たちはとうに定年退職し,趣味や旅行を楽しんでいるのに,脇目も振らず仕事に打ちこみ,重い病気にかかっても弱音を吐くこともなく,最後まで働き続けた。

 天国の2人は地上の僕を見て,泣いているだろう。僕は顔むけできない。でも,どうすることもできない。ママ,パパ,ごめんなさい。やっぱり1人では無理でした。本当にごめんなさい。僕は最低の親不孝者です。2人はきっと怒るでしょうが,早くそちらへ行けるよう力を貸してください。

「逃がさないよ」

 千代田は粗暴な行為とは裏腹な声色を出し,同じことを呪文のように何度も何度も何度も何度も百昼百夜呟いた。

「おまえが先に逝ってもすぐに追いつくから……俺が先に逝ってもすぐに迎えにくるから……」

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