第23話 疑念と追放

「澤渉……」

 千代田は音程の定まらない声で言った。

「おまえは出入り禁止だ」

「先生,何を――」

「屋敷内に立ち入るな。今後は外で待機しろ」

「おっしゃってる意味が――おっしゃってる意味が――」

「これまでの働きに免じて今回だけは見逃してやる。それに,おまえの父親や,じいさんへの恩義もある。代々うちによく仕えてくれた」

「誤解されておいでですか? そうです,誤解です。断じてご想像のようなことはございません」

「想像? 盗人猛々しいとはよく言ったもんだ。俺を仕事で雁字搦めにしておいて,その隙にうまいことやってたんだろ」

「決して然様なことは――」

「許さない! すぐに出ていけ!」

「先生――」

「出てけって言ってんだ!」

「仕事はどうされるんです! 国務に穴をあけてはなりません!」

「ふんっ――また,それだ。休んだっていいじゃないか。非難したい奴にはさせておけ。勤勉でクリーンなイメージを保つことにも疲れた。政治生命にかかわるっていうなら,それでいいさ。政治なんてやめてやる」

「先生,どうか――」

「冷静だよ,俺は。以前から真剣に考えてたことだ。国会議員であるために,どれだけ自分を押し殺してきたか。これでいいのかってずっと悩んできたんだ。だから,今回で決着をつける。華観との生活で答えを出してみせる」

 高熱の出ているみたいな目が絡みついてくる。

 僕はドアを閉めながら部屋に入り,リュックのチャックを裂くようにあけると,手に触ったシャツを引きだし,とりあえず身にまとった。廊下の軋みが高くなり,ドアがひらいて,また閉まる。リュックを搔き回すが,ズボンが見つからない。最近ズボンを何枚もつぶした。クリーニングの集配にはまだ早い時間だった。

「澤渉さん!――」

 大きな声を出す――

「僕のズボン,知らん?!」

 石鹸のにおいが襲来した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る