第22話 地底から現出した幻

 地下廊の天井は所々に硝子が嵌められ,天然採光の工夫が施されてある。快晴の日には適度な明暗を演出するが,曇りや雨の日には殆ど光は入らず,とりわけ廊下の西側,それは地下2階の貯蔵庫へとおりる階段に続いているのだが,そちらは闇に支配される領域なのだった。そんなところにいつの間に潜んでいたのか,恐らく,澤渉も僕と同様に,その時点まで気づかなかったはずだ。何故なら,地上1階から地下1階におりるためには,廊下の東端にある階段をおりてくるか,やはり,廊下の東端にあるエレベーターを使用しなければならないからだ。つまり,そこにいる・・ということは階段かエレベーターを使用して地下廊東端に至り,僕と澤渉の前を通過して,地下廊西端へと達したことになる。しかも,3 0 間 ほどある地下廊は年代を経ているせいなのか,あちこち軋んで音が出るのだ。それなのに,澤渉や僕の意識を搔い潜り,地下2階に連なる階段を1,2段おりた位置に立つ,ひょろ長い影は地底から現出した幻としか説明しようがないのだった。

「また脱いじゃったのかい」

 千代田はふわりと浮かぶみたいに地下1階に歩を進めた。

「俺以外の前で脱ぐなと,あれほど言ったのに」

 そうだ,全裸のままだった。朝,修羅場を演じた後は何をする気もしないで,そのままベッドでごろごろしていた。

「国会を抜けてこられたんですか」

 おろおろした調子で澤渉が問うた。

「血で体が汚れてる」

 千代田は澤渉の言葉に反応を示さず,僕を見ながら近づいてくる。

「けがした手が使えない? 俺が洗ってやる」

 反射的に澤渉の背後に隠れた。

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