第18話 医師免許を有する僕

華観かみさま,お宜しいでしょうか」

 ドアのむこうから澤渉の声がした。どうせ鍵のない部屋だ。勝手に入りたければ入ればいい。千代田のするように。

「華観さま,華観さま――お目覚めでしたら,宜しゅうございますか。華観さま,華観さま――」

 全くもう。僕はベッドから這いだし,ドアをあけた。澤渉は狼狽した表情になり,視線を泳がせた。

「今,構いませんでしたでしょうか。……新調しておきましたので」

と,眼鏡ケースを差しだす。

 僕が外方をむいていると,澤渉は廊下側のドア付近に据えつけた藤製の棚の最上段に眼鏡ケースを置いた。

「それから……医者を呼びましたので,客室までおいでいただけますか。それとも,こちらに参らせて宜しゅうございますか」

 左手を見れば,血はとまっていた。

「もっと早く手配したかったのですが,先生が慎重を期して人選しろとおっしゃるものですから。その,華観さまのお知りあいであっては――」

 左腕に電気が走った。

 澤渉が顔を横様に傾け,頰を押さえている。彼を殴ってしまったのだ。

「申し訳ございません。お気に障ることを致しました」

「一体,なんじゃ……人の過去を勝手に調べて」

 廊下に血が垂れた。掌の傷口から流れ落ちている。

「申し訳ございません」

「そっちが決めたことやろ。互いの私的事情に干渉しない――契約事項第6条」

「誠に申し訳ございません」

 部屋に入ろうとする僕の前に,澤渉が立ち塞がり,いきなり土下座した。

「誠に,誠に,申し訳ございません」

「そこ,どいて」

「はい,申し訳ございません。しかしながら,治療だけはお受けいただけませんか。医者を呼んで参りますので」

「ええ。これくらいの傷。大丈夫やけん」

「私が先生にお叱りを受けますので」

「人を馬鹿にすんな。なんぼ僕でも長い間勉強したことぐらい覚えとらい。自分で治療するけん,ほっといて」

「先生がご心配されておられますので,どうかどうか――」

「医師免許もっとるもんに失礼じゃろが! ええ加減にせえよ!」

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