第18話「ラブグッドという人間」

 桐の杖が悪い桐を『素晴らしい商品』として割高で販売しはじめた。魔術の杖は基本的には高価なものが多い、安価だとしても二週間分の食費は余裕で超える。魔術師を志さないものにとっては無用の長物である。

 近年、削木の魔術の応用で低級なら簡単に作れるようになったこともあり、桐の杖は非常に安価である。リンゴ八つ分程度で買えるほど安価である故に、一般家庭にも低級魔術が普及し、ここ数年で一気に文明が発展した。

 そこで生じたのが非魔術師層からの勘違いである。非魔術師層は魔術に対して興味が無い。それ故に杖への知識がなく、魔術師志望の子供に対して安価だからという理由で桐の杖を買い与える家庭がでてきてしまった。その結果として、子供は桐の杖を売り払い、こういう市場に溜まるようになった。


 僕も学生時代は桐の杖を憎んでいた。小遣いで買った杖が桐をかっこよく加工した粗悪品だったからだ。多くの魔術師が通る道であり、黒歴史を背負うもの、それが桐。だが、こんな使い道があるとは思ってもみなかった。


「……訓練内容は、そうだな……ん?」


 腕輪がブブブと震えた。誰かから連絡を入れられている。明日、ラブグッドさんとの訓練だから、彼女からだと思うが、もしかしたらマルファクさんかもしれない。

 差し出し先が分からないのは中々に不便だ。ラブグッドさんだったら、普通に無視したい。


「仕方ないか……アワンス」

『遅い、すぐに出なさい』


 案の定、ラブグッドさんだった。マルファクさんの時よりも心做しか雑音が少ない。魔道具である以上、本人の魔力の質によって性能が変わってしまうのだろう。


「……これ、連絡を入れてる人の名前とかわからないんですかね」

『何? 私からかけられるの嫌?』

「いや、そうではないんですけど、皆さんと話す時は覚悟を決めたいって思って」

『人と話す時に覚悟? まぁいいわ』

『かかってる時にフィルコムと言えば浮かび上がるわ』


 彼女の中に人に何かを教えるという気持ちがあるのは意外だった。僕は彼女のことを独善的な割には、どこか弱々しい高慢ちきだと思っていたが、ある程度人の気持ちはあるのかもしれない。だが、不良が犬に優しい程度のこと、騙されてはいけない。


「それで、何ですか?」

『明日の確認しようと思って。私、何か持ってくものある?』

「特にないです。僕が全部持っていきます」

『やっておくこととかは?』

「自主練習ですか? 明日伝えるので今日はないです」

『わかったわ。色々、アリガトね』


 不意に出された感謝に面食らって言葉が出なくなってしまった。感謝なんてされないと思ってた。日を置いたから面倒くさがられると思ってた。準備中もそんな気持ちがずっとチラついていた。

 だから、その感謝の言葉を聞いて、どこか救われた感じがした。


『どうしたの?』

「……あ、ごめんなさい。明日の朝8時になったら、この前の公園に来てください」

『りょーかい、楽しみにしてなさい』

「ん?」

『それじゃあね。』


 魔石の光が消えた。

 まだ、ラブグッドさんに苦手意識はあるが、彼女だって人間だ。毛嫌いしすぎるのは良くないのかもしれない。

 準備をする気持ちが先よりも昂っている。明日が心做しか楽しみだ。

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