第17話「性転換の魔法」
僕の家はいつでも古市に行けるように古市の近くに借りている。相当なオンボロ屋敷だが、それでも古市に近いという一点で全てがメリットに転じている。
もしも、古市で大きな商品を購入してもすぐに持って帰れる。買うものに制限がない。たったそれだけでも古市が好きすぎる僕にとっては充分なくらいだ。
バラツク市場(通称:古市)は国内最大級の露店街である。
誰でも格安の場所代を国に寄与すれば商売が出来るという点から、貧富老若男女、様々な人が露店を開いている。僕が気に入っているのは貧乏な人でも店を開けるという点だ。
裕福な人間は売れるものを知っている。それ故に売っているものが似通ってしまうのだが、貧乏な人間は商売に関する知識が乏しい分、珍しいものをよく置いている。
最もその珍しいものは普通の冒険者にとっては必要のないものだが、僕みたいなソロ専冒険者の冒険はどれだけ引き出しがあるかのアイデア勝負の面が大きい故にそういう店は重宝する。
今でこそパーティに入れたが、ソロ専時代に築けた人脈は多く、古市にも知り合いが多い。パーティに入っても疎かにせず、しっかりと交流していきたい。
露店の最奥に位置する小汚い店が僕の行きつけだ。それなりに高名な魔術師が営む魔道具屋で、道楽として店を構えているため、奇天烈な物品が非常に多い。
その羽振りの良さや、貧者に寄り添う姿勢から露店街からの人気も高い。
店主であるシトリ先生は、学生時代に魔術を教えてくれた教師だ。世にも珍しい性別転換の自対象魔術を使える魔術師で、店に来る度に性別が違う。今日は女性の姿だ。
僕よりも身長が高いの赤メッシュの女性、冷ややかな視線や見下ろしてくる感じは始めは苦手意識を覚えていたが、話してみると大雑把かつ豪快な性格でコミュニケーションが苦手な僕でも接しやすい。
「おぉ、来たのか。今日は何をお探しで?」
「魔力を制限したり抑制したりする魔道具を探してるんですけど、ありますか?」
「……アルキバの本に載ってるやつだな? ねぇよ」
「魔力の制御なんて犯罪に使われそうな道具、取り扱ってる店なんてアウトローの店だけだ」
言われてみればそうだ。犯罪に加担することになる魔道具は取り扱わない、当たり前のことだ。なら、代替出来る道具を探すことになるが……一旦、何も考えずに商品を吟味しよう。
「シトリ先生、新商品はありますか?」
「シトリ先生って畏まるなよ。シトリンでいいぜ」
「敬意を込めてですよ」
「敬意なんて微塵も金にならねぇ」
「多少は金になりますよ。それで、新商品はありますか?」
「あ〜そうだな。待っとけ唐変木」
酷い言い方だ。シトリ先生は敢えて悪口を言うことがある。彼はそれを愛嬌と言っているが、昔は言われる度に嫌われたかと思ったから直して欲しい。
シトリ先生は「そうだな」と言いながら、そこそこ大きめの箱を床から店の奥のテーブルに置いた。
店内に入るように手招きされ、それに応えて中に入っていくと、彼は箱の中を指さした。
「これ、全部、新商品だな」
「おすすめは? そうだなぁ。これだなこれ」
貨幣のような小型の金属円盤を取り出した。彼はそれを僕の元に放り投げた。慌てて円盤を受け取り、それを隅々まで見つける。装飾も何も無い金色の金属円盤だ。だが、触れてみるとわかる、この小さな円盤は異常なまでな魔力を抱えている。
ふとシトリ先生を見ると、彼は金属円盤を隅々まで探っている僕へニヒヒと笑いかけた。
「それはな、魔力を溜めることができる魔道具だ。良いだろう」
「どのくらい溜められるんですか?」
「そうだな。試しに溜めてみたんだが普通にこの辺一帯がぶっ飛ぶくらいには蓄積できる」
「は? え! そんなのなんで投げるんですか!!」
「ひひひ、面白いと思ってな」
あまりにもリスク管理が杜撰すぎる。
そっと金属円盤をテーブルに置き、何事も無かったことに安堵しつつ息を吐いた。
一旦、新商品から目を逸らし、店内見回すと入口付近に何十本も杖が置かれていた。この前来た時よりも明らかに本数が増えている。
そのほとんどが長さの短い廉価品であり、材質も見た感じだと魔力を通しにくいものが多い。
「魔力を通しにくい……か」
「シトリさん、試し打ちしてもいいですか?」
「いいけどよ。期待すんなよ」
「大丈夫です」
杖を手に取り誰も居ない方に先を向ける。
少し魔力を放つが問題なく流れる。出力を段々と上げていくとあるタイミングで魔力の伝達率が一定になった。
「この素材はなんですか?」
「桐だと思うよ。魔力の流れ方的に」
「……桐ですか」
魔術師の多くは桐を憎んでいる。世の中に桐の杖が流通しすぎており、あたかも有能であるかのような顔で居るからだ。
魔力の伝導率というのは二種類に分けられる。一つはある一定を超えると魔力が微塵も伝わらなくなるもの。もう一つはある一定を超えるとどれだけ出力してもその程度の魔力しか流れなくなるものだ。
恐らく、後者はラブグッドさんにとっての抑制になるし、この桐の杖は後者だ。
「……1本いくらですか?」
「100ヴィクトだ。お手軽だろ?」
「わかりました。20本ください」
「お、いいね。よしわかった。すぐに準備する」
これでラブグッドさんの訓練の要は見つけることが出来た。
最も本当にこれが向いているのかどうかはわからないが、わからないにしても指標があるということは修正できるということ、何も無いよりも遥かにいい。
「おい、杖20本。桐のやつ、選んどいたぜ」
「ありがとうございます」
「面倒ごと背負い込んでるみたいだが、頑張れよ。先生をいつでも頼れ」
肩を叩いて僕を鼓舞するシトリ先生はどこか優しかった。彼の優しさに触れて思わず頬が緩んでしまう。
「……ありがとうございます」
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