第16話「魔女アルキバと魔力コントロール」

 魔術訓練の開始は三日後とした。時間設定に特に意味は無いが、僕の準備が出来て、ラブグッドさんの気が変わらない三日後。


 訓練の中で修正するとはいえ、その間にある程度の準備は必要である。無策では伸びるべきスキルも伸びない。

 とは言うものの、何の方略も思いつかないのも事実だ。そもそもとして、人に魔術を教えるという経験をしたことがない。右も左もわからない以上、出るものも出ない。

 最も普通の子どもとかに教えるのなら教本があるのだろうが、ラブグッドさんに関してはその教本通りにはいかない。

 図書館から何冊か魔術師の入門書を借りてきたのだが、どうにも魔力を伸ばす方法や魔術の習得がメインであり、魔力の抑制については触れることはあっても深堀しているものは見つからない。

 かと言って応用書や実用書における魔力抑制は彼女が習得してる完全な抑制、もしくは実戦において魔力を感知させないための抑制であり、彼女にとっては不適当なものしかない。


 借りてきた本も全部読んでしまった。

 いざ、基礎を築い振り返って見ると自分に欠けていたを学ぶことが出来ても、現状のラブグッドさんの課題に対する情報は手に入らない。

 勉強というものは往々にしてそういうものだが、それはそれとして焦れったい。


 借りてきた本がダメとなると自室にある本だが、僕が集めている本はどちらかと言うと奇書寄りであり、魔術の訓練に使えるような代物は無い。

 珍しい植物を記載した書物だったり、奇術に分類されるだろう理論的には可能だが人間では成せない魔術をまとめた書物だったりと実用とは程遠いものが多い。


 目に見えるところにあるものでは、今では偽書と呼ばれる『バージニス・スパイカの幻宝録』は僕が集めた本を象徴する本だ。存在するが非常に稀少性の高い植物や魔道具、魔術など、冒険家バージニス・スパイカが見つけた宝をまとめた本である。

 先日のアルキバの花が記された本であり、アルキバの花が現存していることを考えるとあながち偽書でもないのかもしれない。


「アルキバ……か」


 アルキバは実在した魔術師に付けられた名前だ。

 本名は不明ではあるが、魔術の歴史に深く貢献し、人間側で唯一『魔女』と呼ばれた魔術師である。

 魔女は本来、不名誉な称号であり人間に仇なす人間の魔術師を指す言葉である。しかし、アルキバは歴史的に見て一度足りとも人間に敵対したことは無い。

 魔女と名付けられたのは、その異常なまで魔術の歴史への貢献度に関係する。

 現在、使用されている魔術のほとんどが彼女によって作られた魔術であり、現在、広く使われている魔道具のほとんどが彼女によって製法が明らかにされたものである。

 その高すぎる魔力素養は人間では理由がつかず、どちらかと言うと魔物に近いと言われ今では『魔女』と呼ばれるようになった。


 その彼女が作り出した魔術を彼女自身が編纂した非常に分厚い本が家にある。

 人の前腕ほど背表紙がある非常に分厚い魔導書のシリーズ、それらには彼女が生み出した全ての魔術が書かれている。その二巻目に当たる『アルキバの旗』の巻末に魔術の指導方法が記載されていたはずだ。


「あったあった」


 内容は以下である。

 魔術において最も困難なことは魔力コントロールである。

 魔力というのは生まれ持って決められた適正があり容量がある。その魔力を訓練で伸ばしていくことで上位の魔術を使用することが出来る。

 多くの魔術師は魔力の最大容量を拡張していく過程で魔力のコントロール方法を習得するが、私は従来のその方法に異を唱えたい。

 魔力のコントロールを学ばなければ、魔術師は凡百で留まる。魔力のコントロールは剣士に置ける剣の扱いに等しい。剣士は自分の剣の腕を研鑽していくが、凡百の魔術師は魔力の研鑽をせずに新たな魔術を覚えようとする。

 魔術における詠唱はイメージの構築に過ぎない。それ故に使用する魔術を脳内で組み立てることが出来れば、短い詠唱でも同様に魔術を使用することが出来る。また、イメージが出来なくても、紙に詠唱内容を書いて読めばいい、魔術の訓練など一切の意味が無い。

 魔術において最も必要なのは、魔力コントロールであり、魔力のコントロールは魔術の質を関わる。

 周知の事実だが、魔術には必要な魔力量がある。凡百の魔術師は達していればいいと思っているが、実際にはそうではない。魔術は過不足ない魔力で最大の効果を発揮する。

 しかし、魔力の最大容量を拡張していく過程でコントロールを学んだ魔術師には過不足ない魔力を出力することは至難の業である。そこで、私はここに魔力のコントロール方法を示そうと思う。

 批判はあると思うが、誰か一人に伝わってくれればそれでいい。



 このような文章で始まり、そこからは魔力をコントロールするための訓練方法が載っている。大雑把に内容をまとめると、魔力を制限する魔道具を使用して魔術を使用し、魔力の感覚を掴むというものだった。

 魔力を制限する魔道具は次巻にあたる『アルキバの標』に製造方法が記載されているが、材料は特に珍しいものは使われていないものの、素人が作るには製造過程に遊びがない。

 それに、現在、魔力コントロールが重要視されてない以上、魔力抑制の魔道具は一般に流通しておらず手軽に買えるものでもない。

 となると、代用品を使うということになるが……


「古市に近しい魔道具が売ってたりしないかな」


 魔力制限の魔道具など冒険者は魅力を感じないだろう。ダンジョンで見つかれば古市とかに売り払われている可能性がある。

 とりあえず、古市に行ってみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る