第7話「アルキバと紋章」

「……じさ、……から」

「まじ、辛たんすぎるんだが、ミサム、ガチきしょい」

「触んなっつうの」

「マルはなんであたしを……」


 煙管を咥えたラブグッドさんが品がない座り方をしていた。何を話しているのかはわからないが耳に届いたのはミサムさんへの悪口。

 さっきまでのような甘い声色ではなく、低い中性的な声質で口悪くブツブツと話している。


「アティクとかいうやつ、クソキモ」

「役に立とう立とうって必死すぎて笑ったわ……あ?」


 気配に気づいたのか僕が隠れた壁の方を向いた。咄嗟に息を殺し、自分の気配を消す。煙管から燻る紫煙が消えた。ラブグッドさんのヒールが地面を叩く音が聞こえる。音が近づいている。


「……壁、張ったよな」


 踵を返した音がした。どんどんと音はさっき壁を壊したところへと遠ざかっていく。


「壊れてる。張り忘れ? 魔術符……焼ききれてる」

「誰かに壊されてる……誰、モンスター?」

「これまで、そんなことなかったし……アルゴルは解体できるような魔力はないし」

「……アティク、アティク、あいつだ。クソ野郎……私が作ってきたのを」

「私の今を崩すつもりなんだ。なら……この場で」


 何かを抜いた音がした。金属の音、恐らくはナイフだろう。見つかったら確実に殺される。ラブグッドさんの足音が近づいてくる。カ迷うことなく僕が隠れる方に近づいてくる。

 逃げるか……透明化するか。選択肢はいくつもあるが、ラブグッドさんから確信されてる以上、逃げ延びたとしても、これから先の未来で殺されてしまう可能性がある。平穏な未来を作るには道は和解しかない。


「ま、待ってください!」

「……根性あるじゃない」


 ラブグッドさんの前に出ると、彼女はすぐさま僕の方にナイフを向けた。刺されないようにとある程度の距離を取りながら、杖を抜き相手に向けた。


「アティク、あんた、私の聞いてたでしょ」

「……」


 否定するのは逆効果なのはわかる。彼女は僕が聞いたということを確信している。そこで否定するというのは彼女に悪いように解釈されかねない。


「……聞きました。でも、ラブグッドさんのことを邪魔しようとかじゃないんです!」

「邪魔ってなんの邪魔をするの?」

「なんのって……チヤホヤされたいんですよね。お姫様というかそんな風に」

「……ほとんど正解ね、でも、チヤホヤされるのは副産物なの。目的じゃない」

「私は……ッ!」


 がさりと物音がするその方向を見ると蜘蛛の死骸だった。蜘蛛の死骸からワラワラと子蜘蛛が溢れてきている。子蜘蛛は同じように生まれてきた子蜘蛛を喰らう、すると体がぐんと大きくなった。その子蜘蛛が別の子蜘蛛を喰らい、どんどんと巨大化していく。


「何あれ……」

「ユニークモンスターですかね」

「花蜘蛛は共食いで大きくなるモンスターじゃないので、この時点で……あ、あ」


 子蜘蛛はいつの間にか大きな花蜘蛛になっていた。背中に咲く花は鮮血のように赤く、葉は棘を持っている。今にも人を喰らいそうな禍々しい花、その花を僕は知っている。

 偽りと言われた植物学の奇書に書かれていた魔女の名前を冠する花。非常に強い毒を持ち、少量でその人を死に至らせる幻の花。


「……アルキバ」

「アルキバ!? 何それ」

「幻の花です。毒があります!」

「弱点とかは!?」

「弱点!? 戦うんですか!」

「早く言って!」


 本にアルキバの花の記述は少なかった。調合方法などは書いていたが、植生など様々なことが欠落しており、それ故に偽りだと糾弾されている。それ故に詳しい記述はなかったが、調合方法の所に火で無毒化出来ると書かれていた。だとしたら、火が毒には特攻なのだが、弱点と言われると頷けない。

 あと……は、花蜘蛛は火に弱い。背中に生えている花によって火耐性があることもあるが、そのパターンは花が火に強いのだが、今回は違う。ユニークモンスターとしての属性耐性を持っていない限り、ある程度、ダメージは与えられるだろう。


「火……ですかね。確かでは」

「火ね! わかったわ!」

「目、瞑ってなさい。死ね! アフレイタル!」


 出鱈目な詠唱と共にラブグッドさんの掌に火球が渦巻いた。空気中から火が集まっていき、火球は巨大な火の渦となる。出鱈目な詠唱、ましてや杖をなくしては本来、扱えないレベルの強大な火属性魔法。


「キモい!! 死ね」


 放たれた火球は花蜘蛛を包んだ。花蜘蛛に火が灯ったと共に爆風と轟音、そして蜘蛛の断末魔が響いた。花蜘蛛は助からないだろう。


「ラブグッド、アティクくん! 大丈夫か!」

「……来たわね。アティク、静かにして」


 入口の方からマルファクさんの声が近付くのが聞こえてくる。ラブグッドさんは、花蜘蛛を背にゆっくりと服の裾を持ち上げて、お腹を露出した。咄嗟に目を背けるとラブグッドさんは落ち着いた声で「見て」と言い、ゆっくりとお腹へと視線を向ける。

 お腹には赤い紋章が刻まれていた。剣と茨を象った紋章、その紋章を僕は知っている。僕だけじゃない、マルファクさんも、メンキブさんも、ミサムさんも、アルゴルさんも、みんながその紋章を幼い頃から知っている。


「私はアルサイド・ラブグッド・ヴィクトリア」

「わかるでしょ? この名前とこの紋章」


 わからないわけがない。子どもの頃、刷り込まれるように読まされた絵本、眠るまでに話された童話、全てに出てくる紋章、名前、だからこそ知ってる。


「私は選ばれし勇者、魔王を倒す者よ」

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