第6話「魔法の鍵」
ダンジョンの奥に行ってからラブグッドさんは戻ってこなかった。戻ってこないラブグッドさんを最初は忘れ物が見つからず、長引いていると考えていたが、あまりにも長すぎる。
ダンジョンの構造上、ラブグッドさんに何かがあったのなら声は聞こえるだろうし、彼女が何も言わずに死んでいくとは思えない。希望的観測をするなら何も起きていない、探し物が長引いているだけだが、本当にそうなのだろうか。
即死級の
周りはと言うと、ミサムさんとメンキブさんが明らかに心配そうにしていた。マルファスさんは何故か明らかに心配していないが、アルゴルさんはさっきからそわそわと荷物整理をしている。ただ動く人は居ない。
「……あの、あ、」
マルファスさんのどこか余裕そうな表情から見るに、彼はラブグッドさんを相当信頼しているのだろう。マルファスさんはただしく技量を測れる人だ。だからこそ、疑いたくはないが、他のメンバーの様子を見た感じではラブグッドさんの実力は認められてない。
ボクは一度しか見ていないから、いつもは違うと言われたらそれまでなのだが、ベラドンナとの戦闘を見る限り、ラブグッドさんは戦闘が出来ない。だからこそ、心配だ。心配で、心配で、仕方がないのだ。
彼女のことは好きじゃない、好きじゃないけど、彼女を殺したいとは思わない。
「あの、僕、メンキブさんたちの方の蜘蛛、見てきていいですか?」
「なんでだ?」
「いえ、花蜘蛛の種類によっては珍しい花とかがあるかなって」
「あ、そう言うことか アルゴルより花詳しいしな」
「あ? 比べんな」
「まぁまぁ、それじゃ行ってきますね!」
そのまま背を向けてダンジョンの奥へと走っていく。花蜘蛛たちは一般的に流通している植物だらけだった。
最奥に達しようとすると、魔力の壁が現れた。防音の魔力壁、一切の人と、一切の音を内からも外からも遮断する壁。特に難しい魔術ではない、それこそ市販の魔術符さえあれば、魔力を注ぎ込むだけで使用できる。
しかし、この濃密な隙のない魔力壁を作るには、通常の人間では扱えない純度が高く雑物の少ない魔力が必要になる。
そんな魔力がラブグッドさんに作れるとは思えない。何なら人間の魔術師なら最高位でも作れないだろう。
ならば、リッチのような魔術を扱えるモンスターの仕業かと言うと、その可能性も低い。このレベルの魔力を練れるようなモンスターはひと握りであり、第一階層にいるとは考えられない。
何が原因かわからないが、ラブグッドさんに何かが起きている。最悪を回避するためにも手は尽くすべきだ。
「魔力の解析しなきゃ」
魔力抽出魔術、本来はモンスターの痕跡を探すために使う魔術。使われている魔力を抽出し、手に持つ小瓶の中に集めることが出来る。小瓶の中に満たされた魔力は赤色だった。
「高純度すぎる……性質は」
魔力は純度によって色が変わる。人の魔力の中で最も純度が低いものが緑、最も純度が高いものが橙色となる。赤色は人外にしか出せない最高純度の魔力であり、人外の中でも最高位の魔術師の一部しか扱えない。
魔力の性質はザラつきがなく緻密で、模範的な魔力だ。雑念のない子どものような魔力。
「緻密……」
壊しにくい。高純度でも魔力がザラつきがあれば魔力を解体する術があるが、ここまで緻密な魔力となると難しい。となると使われた魔術符の構成要素を見て、それの解体をする必要があるのだが、こうやって効果だけを見て、構成要素を探せるのは一部の変態だけ。
「……高かったけど、止むを得ないか」
ローブの中から小さな鍵を取り出した。赤色に輝く宝石が付けられた小さな金色の鍵、魔術鍵。僕では到底使えない非常に高価なものだ。古物市場で売られていた汚いカバンの底に紛れ込んでいたもので、運良く手に入れたからこそ使いたくなかった。
でも、人命ほど高価なものはない。
魔術鍵を壁へと近づける。すると鍵から放たれた緑色の魔力、鍵に引かれるように現れた赤い魔力がくっついた。するとバチバチと稲妻のように魔力が弾き、僕の体を吹き飛ばしてしまうほどの衝撃が走る。
飛ばされないように堪え、それをグッと壁へと差し込んだ。
魔力壁が崩れ落ち、鍵は黒く変色した。お役御免、惜しみながらもダンジョンの奥へと足を進めると人がヒソヒソと話す声が聞こえた。
「……?」
魔力壁の崩壊と共に、変な香りが漂い始めた。冒険者の人達の間で最近流行っている精神作用系の薬の香りだ。確か、精神を落ち着かせる作用があり、興奮してしまいがちな戦闘職がおすすめしていたのを耳に挟んだことがある。
その香りを辿っていくと、第二階層の扉の前でラブグッドさんが座り込み煙管を口にあて、紫煙を吐き出していた。
「……じさ、……から」
「まじ、辛たんすぎるんだが、ミサム、ガチきしょい」
「触んなっつうの」
「マルはなんであたしを……」
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