第2話「花蜘蛛ベラドンナ」
「前から敵の気配がする」
魁を務めていた盗賊のアルゴルさんが動きを止めた。
「……人型かい?」
「いや、蜘蛛だ。大蜘蛛、種別まではわからない」
「わかった。アルゴルは下がって他の敵が来ないかサーチを、ミサムは相手の注目を集めてくれ、近接戦闘を俺とメンキブが、ラブグッドとアティクは後方から支援頼む」
「来たな……」
後方から大蜘蛛が現れた。人よりも遥かに大きい身丈の蜘蛛で、体には無数の根を纏い、背中には釣鐘のような紫色の花を咲かせている。
「アルゴル、わかるか?」
「花蜘蛛の一種だ。花の種類まではさっぱりだ」
「……あれは、ベラドンナです。猛毒の花で触れるだけで手がかぶれます。牙にまで根が通ってますから、噛まれたら即死だと思います」
「アティク、詳しいのか」
「はい、学生時代は植物学を専攻してて」
ベラドンナと言う花は非常に強い毒性を持つ。体中に根を纏っている以上、肉体で戦う格闘家のメンキブさんは活躍が見込めない。かと言って武器でリーチがあるマルファクさんに利があるわけでもない。どこに毒があるかわからないだ。
大蜘蛛は糸を数種類使い分けるという。その一つに毒糸がある。毒糸は粘着性がないが、その代わりに纏まって放つことで相手を中毒状態に出来る。剣は糸を受け止めるには心もとない。しかし、僕の持つ魔術はどちらかと言うと援助系、火力としては心許ない。ならば、ラブグッドさんは
「ねーぇ、ミサム、蜘蛛こわぁい」
「大丈夫だよ。俺が守ってやっから」
「わぁ、かっこいい〜! メンキブも守ってくれる?」
「……メンバーを守るのが武闘家の使命だ」
「かっこいい〜」
役に立ちそうには見えない。
ならば毒を受けても平気な土壌を作る。
タンパク質の毒なら加熱で無毒化出来るが、ベラドンナの毒は熱に強い。火属性付与魔術を使ったとしても有効打になるとは考えられない。
毒耐性付与も考えられるが、そもそもとして毒耐性、あまり踏み込めていない領域で実用的ではない。
次に考えられることは、毒に触れない状況を作ること。となると体に何かを纏わせるような術が好ましい。
物理耐性付与魔術は、原理的には極薄の物理盾を貼る魔術であり、今回のような触れることが厄介な毒には一定の効果があるかもしれない。
しかし、これだけでは心もとない。ならば
「物理耐性付与と跳ね返し、あと炎属性付与をメンキブさんとマルファクさんにかけます」
「跳ね返しは五回まで、五回以降は毒が通るかもしれません。毒が通ったら言ってください」
「素晴らしい判断だ! 頼む!」
「よし、俺の拳を食らわせてやるぜ!」
跳ね返し魔術はその名の通り、特定回数、相手の攻撃を跳ね返すことが出来る魔術だ。
相手の攻撃というのはかなり大雑把で、自分に何かしらの不利益が出るとかけられた側が判断した場合、自動で発動してしまう。今回の場合は相手に触れる度にかぶれてしまうことが攻撃判定になるだろう。
炎属性付与についてはそのままだ。相手が植物系の大蜘蛛な以上、熱を持った攻撃は確実に通りやすい。
「先に俺が傷をつける。メンキブはそれを抉るように」
「わかった」
「ミサムは俺たちが毒を食らった時に注目を」
マルファクさんが剣を鞘から抜き取ると、刀身を優しく撫でた。すると刀身は赤色に変わる。マルファクさんの剣は属性可変の剣、触れて念じるだけで属性を変えることが出来る。
メンキブさんも拳を握り、顔の前で構えた。
臨戦態勢、あとは自分が魔術を唱えるだけ。
手に持っていた肩くらいまである大きさの杖を持ち上げ、杖の頭にある種のような模様を頭上に掲げた。
「強き空色よ、脆き金糸雀よ、蠢く境目よ。困難を退け、其の人を守る盾を体に、トロプテクチ!」
「光を斥ける鏡と闇を斥ける剣、その二つが交錯すれば、敵を排する狼煙となるだろう。ジェクリット!」
「その感情は甘さか、それとも病か、焚べる燻る尽きる、焔は世界を照らすだろう。アレードブルッフ!」
杖の頭が眩く光る。その光はぷかぷかと浮かび上がると、マルファクさんとメンキブさんの体へと入り込んでいった。二人の体がほんのりと輝き、周囲を赤い光が溢れ出た。
援助魔法がかかったことに気付いたのだろう、マルファクさんはすぐさま剣を握り直し、蜘蛛の方へと向かっていった。蜘蛛から照射された糸を剣で払い除け、その勢いのまま蜘蛛の顔へと横一閃に切りつけた。
蜘蛛の顔を蹴り飛ばし、後方へと転がるとマルファクさんを飛び越えて、メンキブさんが前へと躍り出た。
「我の力を強化せよ、マトルギニ!」
メンキブさんの筋肉が明らかに膨張する。
マトルギニは筋肉量強化魔術。純粋な自対象補助魔法であり、高くない難易度から格闘家の人はこの魔法を使える人も多い。
しかし、多くの格闘家のマトルギニはお守り程度だが、メンキブさんのは明らかにそれ以上、高い効果を誇っている。 感心せざるを得ない。
「俺の! 拳は! 美味しい! か!」
マルファクさんがつけた切り傷に向かって、メンキブさんが拳を浴びせる。五回目の殴打をすると、潔く後方へと走り出し僕の方へ転がり込んできた。
「魔法頼む!」
「いや、大丈夫だ、メンキブ。俺の一太刀で仕留められる」
メンキブさんの打撃で確かに蜘蛛の傷口は広がり深まっている。しかし、あと一撃で蜘蛛が死ぬとは思えない。だが、マルファクさんが見誤るとも思えない。
万が一のために詠唱の準備をしながらマルファクさんを見ていると、剣をもう一度、撫でた。
「唸れウィークスト!」
剣の名前を叫ぶと、刀身がてらりと光った。光は粒となり線となる。光線は蜘蛛へと放たれ、蜘蛛の体に光の紋が現れた。
マルファクさんは傷口に向かって剣を振る、蜘蛛の肉で止められそうになる剣を押し込み、押し込み、体に現れた光の紋を両断した。
蜘蛛の足に満ちていた力が抜け、体がその場に崩れ落ちる。
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