第39話「世間知らず」
「爆発の間際、隠し扉から秘密の通路へと逃れていたデュベルトは、その出口で待機していた騎士によって捕縛された。今度は自分が魔練鋼の枷を着けて、牢屋に収められている」
「エイリアル公を出し抜けるはずもなかったか。捕まって良かったよ」
ペルクシエラにある奴隷商人デュベルトの邸宅では、多くの騎士が忙しなさそうに動いていた。その内部で捕らえられていた奴隷が解放され、同時に彼が貴族や金持ちたちと商売していた記録も運び出されている。
俺とディオナも地下牢から脱し、今は広間に用意されたベッドの上で治療を受けながら、ユーゲルから事の顛末を聞いていた。
「二人はひとまず、ここでゆっくりと休んでくれ。人員に余裕ができたら、ペルクシエラの施療院へ移ってもらうことになる」
「分かった。色々助かったよ」
「何、こちらも罪人を逮捕できた」
そう言ってユーゲルは去っていく。残されたのは、隣り合ったベッドに寝転がされた俺とディオナだけだ。
「アラン、助けに来てくれてありがとう」
ぐったりとベッドに身を沈めたまま、ディオナはもう何度目かも分からない言葉を繰り返す。救出後に町で買い集められた食料を平らげて、今は傷を癒すため寝ておかなければならないはずだが、いまだに眠るつもりはないらしい。
「いいんだよ。むしろ、もっと早く気付けなくてすまない」
彼女の白い髪を撫でながら謝る。それを聞いて、彼女はふと思い出したように顔をこちらに向けた。
「そういえば、どうしてここが分かったの?」
デュベルトの計略によってナルカポ商会という実在しない商会の護衛を受けたディオナは、その道中に薬を盛られて気を失った。そうして、ペルクシエラにあるデュベルトの館へと密かに運び込まれ、囚われていた。
彼女の足取りは馬車が燃やされていた地点で途絶えていたため、探すのには苦労した。
「俺は、ディオナに隠していることがある」
そのことを説明するため、俺は彼女に秘密を明かす。
「実は……俺は元々貴族の家の出身だ。といっても、三男坊なんだがな」
まさかエイリアル公やユーゲルに覚えられていたとは思わなかったが、これでも一応それなりの歴史を持つ大家の出だ。
それがなぜ貧民街でボロアパートなんかを借りて、傭兵稼業に身を奴しているのか。その理由をゆっくりと話す。
「家督争いで血みどろの抗争を繰り広げるような所もあるらしいが、ウチは順当に長男が継いだ。次男はその補佐についたが、三男ともなると席も空いてない。だから、何か言われる前に自分から家を出たんだ」
俺が貴族の礼儀を知っていたり、貴族の文字が読めるのは、単純にそれらを幼少期から教え込まれてきたからにすぎない。結局、それが活きることもなく貴族街からは遠ざかっていたが。
「実家とはとっくに縁が切れてたと思ってたんだ。でも、ディオナを探すために十年振りに、恥を忍んで帰った。そうしたら、俺のことを忘れてはいなかった」
結局のところ、俺が一人で癇癪を起こしていただけだ。なんて幼稚だったんだろうと、つくづく身に染みた。
家族にそんなつもりは微塵もなかったというのに、一人で思い込んで納得して、自分勝手に家を飛び出した。そして自分に未来はないのだと勝手に絶望したまま、うだつの上がらない日々を怠惰に送っていた。
ドアを叩いた時、現れたのはメイドだった。彼女でさえ、俺のことを忘れてなどいなかった。執事長が飛んできて、すぐに寝間着姿の両親と兄たちがやって来た。突然のことにも関わらず、彼らは俺を受け入れてくれたのだ。
「貴族は貴族に詳しい。実家の伝手を頼って、調べてもらった。そうしたら、デュベルトと関わりのある家がいくつか出てきた。その中には、ディオナに指名依頼を出して、晩餐会に招待したところもあった」
デュベルトは不法に人を攫い、奴隷にしていた。見た目の美しいものは愛玩用として貴族に売り、そうでないものは鉱山で働かせていた。
「貴族の家から押収した宝石を調べると、この辺りで採れたものってことが分かった。それもかなり魔力濃度の高いものだ。たぶん、ディオナが働かされていた鉱山は、ポクロッポ山にあったんだろう」
ディオナが大森林で遭遇した
「鉱山の位置に目処がついたあたりで、最寄りの町にあたるペルクシエラを調査した。リリやユリアにも手伝ってもらって、組合総出だ」
傭兵組合は町の住人や商会とも強い関わりがある。彼らが調査に乗り出せば、多くのことが分かる。例えば、巧妙に偽装された偽の商会に関することなども。
デュベルトは表向きこそただの豪商で、合法的に奴隷を売買するための許可証も持っている。しかし、その裏では多くの非合法な売買も行っていることが判明した。
「エイリアル公が邸宅の調査のために出したお題目は鉱山の盗掘だ。ポクロッポ山も歴としたアルクシエラ領内で、アルクシエラ家の所有物だからな」
「す、すごい……。全然分からなかった」
「ええ……」
せっかく説明してやったと言うのに、ディオナはポカンとしている。
とにかく、俺は一度出た実家に頼み込み、貴族の力で彼女の居場所を突き止めたのだ。エイリアル公としても領地の危機を救った英雄をみすみす奴隷商人に捕らえられては面子に関わるし、傭兵組合としても二級傭兵を失うのは巨額の損害だ。そんなわけで、巨大な陣営が協力し、悪徳商人を追い詰めた。
「とりあえず、お前が無事でよかった」
無事と言うには二人とも満身創痍だが、それでも生きている。
ディオナなんて胸を瓦礫が貫いて心臓も掠めていたというのに、もうほとんど治ってしまっている。相変わらずオーガの再生能力は冗談かと呆れてしまうほどだ。どうしてこれで、右腕だけが治らないのか。
「そうだ、ディオナ」
「なに?」
俺は軋む身体を持ち上げて、ディオナの背中を指す。
「お前の背中にあった奴隷紋も消えたよ。傷になって、それが治って」
「本当に!?」
彼女の背中に刻まれていた奴隷紋。それは非合法に奴隷に堕とされたにも関わらず、彼女が奴隷であることの正当性を示すことになる呪いじみたものだ。
しかしそれも今はもうない。
身を挺して俺を守ってくれた彼女は背中に大きな傷を受け、そしてオーガ族の再生能力によってそれを癒した。その時に、その呪いも一緒に綺麗さっぱり消え去ったのだ。
「だからもう、ディオナは正真正銘まごう事なき自由の身だ」
良かったな、と彼女の頭を撫でる。
これでもう、デュベルトが何か復讐でもしようと画策したとしても、その口実すらなくなった。
それを知ったディオナは嬉しそうに身を捩る。自分で背中を確認しようとしているが、鏡がないとなかなか難しいだろう。
「ディオナ。落ち着いたらこのままシューレシエラに行こうか」
「えっ?」
はしゃいでいるディオナに話しかける。すると、彼女はぱちぱちと瞬きして首を傾げた。
「しばらく忙しかったからな。二人でその、羽を伸ばすのもいいだろ」
ディオナがこんなことになったのは、俺が幼稚だったからだ。破竹の勢いで名を上げていく彼女に勝手に引け目を感じて、遠ざけてしまっていた。彼女にそんなつもりはないというのに。
今回の一件で、俺は彼女の存在の大きさを実感した。気まぐれに拾っただけだったはずの彼女が、俺の中でかけがえの無いものになっていた。
「――ッ! うん! 伸ばそう! 羽!」
「うわあっ!? あんまり暴れるな! 抱きつくな! 俺は傷が治ってないんだ!」
満面の笑みを浮かべたディオナがベッドから飛び出して抱きついてくる。全身がミシミシと悲鳴を上げるがお構いなしだ。慌てて彼女の背中を叩くと、少しだけ力が緩められた。それでも痛い。
「アラン、ワタシ、二人で里に行きたい」
一転、真面目な顔をしてディオナが言う。
「里って、ディオナの故郷の?」
「うん。ワタシの生まれ育ったところ」
ディオナの故郷、オーガの里。そこは大魔獣が闊歩する魔境だったはずだ。それだけでも少し気が進まないが、それよりも気になることがある。
「学校はどうするんだよ。ディオナは学校に通って、その知識を持ち帰るんだろ?」
彼女が里を出た目的が、まだ達成されていない。二級傭兵となった彼女ならば、貴族の通う学校だろうと余裕で入学できるだろう。そこで色々なことを学んで、里に知識を持ち帰ることができるはずだ。
けれど、ディオナは首を横に振る。
「学校は行かなくてもいい。ワタシはアランにいっぱい、いろんなことを教えてもらったから」
「いや、お前……」
俺が教えたのは傭兵としての生き方だ。そりゃあ昔に家庭教師から貴族社会のことも叩き込まれたが、それはそれとして。
呆れる俺を置き去りにして、ディオナはぽっと頬を赤らめる。そうしてツノを優しく撫でながら微笑んだ。
「それにアランには、ツノも触られたし」
「……うん?」
「これはもう、一度里に戻ってばぁばや皆に知らせないといけない」
「ちょ、ちょっと待て。俺はオーガ族の風習は何も知らないぞ! ツノを触るのにどんな意味があるんだ!」
全身が痛むが、何よりも心臓が痛い。あの時ディオナはどういう意味を込めて俺にツノを触らせたんだ!?
「えへへ」
「笑ってないで教えろよ!」
ディオナは俺の方へと身を寄せて、片腕でぎゅっと抱き寄せてくる。その万力のような力から逃れることはできない。
「アランは世間知らずだな」
「おま、ちょっ。むぐっ!?」
じたばたともがくが、ディオナは俺を離さない。彼女は俺を胸に抱いたまま、スヤスヤと幸せそうな寝息を立て始めるのだった。
【完結】レディオーガは世間知らず〜悪徳商人に騙されて奴隷堕ちした挙句片腕を無くしたオーガの女の子を拾って育てたら最強の傭兵になりました〜 ベニサンゴ @Redcoral
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