第13話「傭兵の素質」

 土喰いモグラの駆除で思わぬ成果を見せたディオナの次なる予定は、三つ受けた依頼のうちの二つめ、雑草の刈り取りである。

 依頼された現場はモグラ被害に遭っていた畑のすぐ近くで、しばらく使っていなかったらしい休耕地だった。ディオナの背丈ほどの雑草が乱雑に生え散らかし、見るだけでやる気が抜けていくような惨状に陥っている。

 雑草刈りは農民の仕事といえばそうなのだが、これだけ草が密集していると中で魔獣が巣食っている可能性も拭いきれない。まあ、理由はともかく金を出されて引き受けたのならばしっかり仕事をこなすのが傭兵というものだ。


「モグラの退治の方が楽だった……」

「そう言うな。引き受けた依頼を特に理由もなく中断すると昇級が遠のくぞ」

「うえええ」


 組合で借りてきた鎌を握って、額に汗を滲ませながら草を刈っていく。中年にはこの、中腰になって力を込める作業というのが非常にきつい。これは明日あたり休みを取らなければ。

 一方のディオナといえば、オーガ族の怪力を存分に発揮し、快刀乱麻を断つ勢いで草むらを切り開いている――かと思いきや、もしょもしょとしょぼくれた表情で鎌を振っていた。

 方々に飛び出した雑多な草を義手で集めるのが難しく、さりとて右手に鎌を持ち帰るとしぶとい茎を断ち切れるほどの力が発揮できない。そんなわけで、意外と苦労しているようだ。


「ま、これも義手訓練の一環だと思ってやるんだな」

「ううううっ」


 不機嫌そうな唸り声を上げながらも、ディオナは鎌を振るう。実際、不安定な姿勢で義手に力を込めるという動きも訓練には最適だろう。基礎的な動作は問題なく行えるようになった今、より習熟していくにはこういった複雑な動作も必要になる。


「とはいえ、無心で刈り続けるってのも退屈か」


 こう言う時、農民は総出で草刈りに繰り出して、みんなで歌なんて歌いながらやっている。だが俺に草刈り歌のストックなどない。その代わりと言ってはなんだが、今後のディオナの傭兵生活の糧となるような話をすることにした。


「ディオナ。今持ってる草の名前は知ってるか?」

「えっ? 知らないけど……」


 彼女の義手が手繰り寄せている、ギザギザとた葉の繁る背の高い草を指し示す。突然の問いに驚いた彼女は、戸惑いながらも首を振った。


「見たことは?」

「ない、と思う」


 自信なさげなディオナ。

 実際、彼女も一度ならず何度もこの草を見てきているはずだ。ただ、視界に入っても意識がそこに向かなかっただけで。


「これはイェレって名前の薬草だ」

「薬草なの!?」


 信じられない、と手元の草を見るディオナ。なんの変哲もないただの雑草が、薬効のあるものであると知って衝撃を受けている。

 イェレは鎮痛作用と消毒作用のある薬草で、葉を手のひらで揉み込むことで鼻の通るような匂いを発する。応急処置として葉を擦ったものを傷口に当ててもある程度の効果を望めるが、煎じて成分を抽出した水薬ポーションを患部に振りかけるのが一般的な使い方だ。

 かなり広い地域に分布しているもので、ある程度の温度差にも耐える逞しさを持っている。そのため、ディオナもこの町へやってくるまでに幾度となく見ているはずだった。

 そんな感じの説明を一通り言い終えてからディオナを見ると、彼女は刈り取ったイェレを握ったまま、呆然と立ち尽くしていた。


「ディオナ?」

「ワタシ、薬草刈っちゃった……。資格が必要なのに……」


 まるで重大な犯罪でも起こしたかのような深刻な表情のディオナに、思わず吹き出す。彼女が言っているのは、特定薬効植物取扱者資格のことだろう。


「大丈夫だよ」

「でも……」

「資格が必要なのは、薬草を採取して組合に納品したり人に売ったりする時だけだ。草刈りで取り払ったり、自分で使うぶんだけ採取したりするなら、無資格でも問題ない」

「そうなのか?」


 半信半疑、といった様子でこちらを見るディオナ。組合で散々資格の重要性を説いたせいで、あまり納得できていない様子だ。


「とはいえ、イェラ採集の依頼は年中出てる定番だからな。特薬取の五級は最低でも持っといたほうがいい」


 特薬取――特定薬効植物取扱者資格は五級から一級までがある。一般に薬草や毒草と呼ばれる類の植物の判別や採取法、保存・運搬方法などの取り扱い方に関する知識を問うもので、傭兵に求められる資格としては一般的なものだ。

 イェラは比較的扱いやすい薬草だから五級で扱えるが、三級程度まで持っておけば採集系依頼で困ることはそうそうないだろう。


「ま、今回は草刈りの依頼だからな。イェラもまとめて刈り取っていいぞ」

「もったいないんじゃないのか?」

「もっと良い薬を持ってるから、自家消費するほどのもんでもない。資格がないと他人には売れないしな」

「そっかぁ」


 ディオナは頷きつつも、素直に納得できたわけではないようだ。実際、有用な植物であると分かった状態で地面に積み上げていくのは、雑草だと思ってそうするのとは気持ちの問題として大きく異なる。


「ちなみにそれはポストエって薬草だ」

「ええっ!?」

「そっちに生えてるのはユラグだし、あれはポンタタ、リューユウ、シカラベ……」

「ぜ、全部に名前があるのか!?」


 彼女の周囲に生えている草の名前を挙げていくと、ディオナは愕然としてこちらを見る。俺は少し呆れて、痛む腰を叩きながら立ち上がった。


「当たり前だろう。全部雑草って名前だと思ってたのか?」

「そうじゃないけど……」


 この辺りに生えている草なんてもんは、どれもこれも珍しくもなんともないものばかりだ。だからこそ、その一つ一つに名前が付いているし、薬草や毒草と呼ばれるようなものも多くある。特薬取の資格を取るためにはそれらの判別ができるようにならなければならないが、傭兵として長く活動していれば資格勉強をせずとも自然に覚えていく。

 だからこそ重要なのは、雑草を雑草としてではなく、個々の名前が付けられた植物として見る目を養うことだ。ユリアもそれを知っていたからこそ、ディオナの初めての依頼にこの雑草刈りを含めたはずだ。


「傭兵ってのは自然と町の間を行き来する職業だ。魔獣のことも、植物のことも、地形や地質、天気、気候……。色々なことに興味を持って、それに対する知識を身につけないとならん」


 傭兵がどうにもいかず困窮した輩たちの終着点であることには変わりがない。だが、それはその程度の奴らでもギリギリ糊口を凌げる程度の稼ぎは得られるからだ。

 もし、日々の生活に加えて少しでも貯蓄をしたいのであれば、より優秀な傭兵にならなくてはならない。優秀な傭兵になるためには、多くのことを学び、技術を身に付けなければならない。


「傭兵って、力が強かったらいいんだと思ってた」

「そりゃあ腕っぷしが強いに越したことはないさ。しかし、俺みたいなおっさんでもなんとかやってけてるのは、それ以外の要素で補ってるからだ」


 力が強く、強靭な肉体と生命力を持つオーガ族は傭兵に高い適正を持つとも言える。それでもオーガ族の著名な傭兵がさほど多くないのは、知識や技術といった面で他の種族に遅れをとるからだろう。

 しかし、ディオナはオーガ族でありながら聡明で学習意欲、好奇心もある。彼女ならば、力と知恵を併せ持った優秀な傭兵になれるかもしれない。


「傭兵になりたいなら、ちゃんと覚えるんだぞ。まずはイェラの見分け方からだ。これにはいくつか似た植物があってな――」


 俺は強い期待を抱きながら、ディオナに自分の持つ知識を教える。彼女は苦労しつつも、少しずつそれを覚えていく。実物を何度も注意深く観察し、生の知識を蓄えていく。

 ひとまず、依頼された区画がさっぱりと綺麗になるころには、ディオナもある程度は植物の同定ができるようになっていることを目指して。

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