第12話「オーガの力」
畦道に蹲り、土を触る。踏み固められた土は固く、連日の晴天が乾いている。畑のほうはしっかりと耕された土に、小麦が深く根を張り巡らせている。足で踏めばブーツの跡がくっきりと刻まれた。
「土喰いモグラははっきり言って魔獣の中じゃ雑魚だ。穴掘り以外に芸はないし、天敵も多い。だから、普段は深い地面の中に潜ってじっとしてるんだが……」
畑の中に入ってモグラが残した跡に手を伸ばす。地表スレスレを掘り進んだことでボコボコと隆起した茶色い地面のラインは、畑をどうしようもなく荒らしていた。よほど腹が減っていたのか、それとも周囲に張り巡らされている柵を掻い潜ることができたのが嬉しかったのか、かなりテンションが上がっていた様子がよく分かる。
「腹が減るとこうして、地表近くの柔らかくて養分の多い土を喰いに来る。まあつまり、畑なんてのは奴らにとってご馳走というわけだが」
「畑を荒らすなんて、許せない!」
食い物に被害を出すのは大食いの逆鱗に触れるのか、ディオナはプンプンと怒りを露わにしている。
「土喰いモグラは腹がいっぱいになるとその辺で寝てることが多い。だから、こうやって……」
俺は足音を立てないよう慎重に歩き、僅かに地面が膨らんでいる箇所へ近づく。そして、手に持っていた槍を思い切りそこへ突き刺した。
「せいっ!」
土を掻き分ける感触の直後、肉を貫く生温い手応えがある。断末魔も上がらない静かな絶命だったが、周囲に血の臭気が漂う。そっと地面を掘り返してみると、土に汚れた槍の穂先が、大きなモグラの胸を貫通していた。
「おおっ! アラン、すごい!」
早速一匹目を仕留めた俺を見て、ディオナが歓声を上げる。
土喰いモグラは五級傭兵でも相手にできる程度のものなのだが、褒められて悪い気はしない。俺は再びそっと足音を殺して畦道まで戻り、仕留めたモグラを地面に転がした。
「土越しに棒でも突き込んで殺すのが一般的だ」
「じゃあ、ディオナもやる!」
「まあ待て。まだ教えてないことがある」
勇み足で飛び出そうとするディオナの肩を掴んで抑える。そもそも、彼女はまだ仕留めるための武器さえ持っていないのだ。どうやってモグラを狩るつもりだったのか問いただしたい。
「まず、土喰いモグラは敏感で臆病だ。少し足音がしただけでも目を覚まして深いところへ逃げいていく」
俺がそっと忍び足で移動していたのはそれが理由だ。土というのは思いの外ダイレクトに振動を伝えるようで、かなり慎重に足を運ばなければ、狙った場所がもぬけの殻ということがよくある。ここが土喰いモグラ狩りの難しいところで、ディオナのようにやる気だけが有り余って下調べをしない駆け出しは延々と何もいない地面を牛の代わりに耕すことになる。
「それと、コイツらは頭蓋骨がかなり硬い。それこそ、槍を突き込んでも弾くか逸らすかくらいはやってのける。だから、寝ているところを見つけたら、注意深く観察して頭を避けて仕留めないといけない。仕留め損なったら地中に潜られるからな」
畦道に転がした土喰いモグラの死体を参考にしながら、その身体的な特徴を伝える。彼らの天敵には、俺が上から槍で突き殺したように、長い嘴で地面越しに貫く鳥が存在する。当然これも魔獣の一種で、鋭い貫通力を持つ魔鳥なのだが、その一撃すらなんとか凌げるほどの硬さなのだ。
一撃が防げれば、モグラはすかさず地中へ潜る。そうなれば、もはや追いかけることすらできない。
「慎重に近づいて、一撃で仕留める。これが土喰いモグラの倒し方だ」
「むぅ。難しい……」
解説を終えると、ディオナは眉を寄せて唇を尖らせていた。軽く予想はしていたが、やはり小難しい理論を教えても、あまり反応は芳しくない。もっと簡単に、子供でも分かりやすいように噛み砕いて伝えるべきか。
「ソロソロと近づいて、パッと仕留める。とりあえず、一撃入れてみたらいい」
「わかった!」
思い切ってかなりばっさりと枝葉を落とした説明に変えると、ディオナはいい笑顔で頷いた。本当に理解できたのかは疑わしいが、槍を貸してやると彼女は畦道でそれをぶんぶんと振り回して使い勝手を確かめると、さっそく荒れ放題に畑に目を向けた。
「……」
じっと畑を凝視する。赤い瞳は瞬きもせず、何かを探している。
てっきり、そのまま駆け出していってしまうものだと思っていた俺は、その予想を裏切られて驚きを覚える。彼女は彼女なりにこちらの話をよく聞いて、理解していた。
「ていっ!」
ディオナが動き出す。土を蹴って飛び出した彼女の勢いは、激しい。
あれではモグラが気付いて逃げてしまう。そうなれば、再び奴らが戻ってくるまで数時間は待ちぼうけだ。そうなる前に止めようと手を伸ばしたその時だった。
「とりゃっ!」
「なっ!?」
ディオナは畦道の端で強く蹴り、飛び上がる。宙に舞い上がり、白い髪が大きく揺れる。蒼天の下、彼女は滑らかに身を捩り、槍を振り回して刃を下に向ける。
「てい、りゃあああっ!」
ずどん、と槍が地面に深々と突き刺さる。
ディオナは義手の右腕で槍の向きを整え、左腕でしっかりと把握していた。そして、高く跳躍し、落下の勢いと全体重をこめた一撃で地面を貫いた。彼女は地面に屹立する槍に足を絡め、畑には一切触れていない。
「何をやってるんだ……」
槍の柄が折れないかヒヤヒヤしながら、ディオナの方を見る。突如走り出したかと思ったら高く飛び上がり、地面にむけて槍を突き刺した。そしてディオナ本人は槍の上に体を乗せて、満面の笑みを浮かべている。
どんな曲芸だと言いたくなるほどの奇行だ。
しかし、ディオナは慎重に地面に降りて、槍を引き抜く。土を盛り上げながら現れた槍の先端には、大きな土喰いモグラが突き刺さっていた。
「すごいな、まさか一発で仕留めるなんて」
「アランに教えてもらったからな。簡単だった!」
手にモグラをぶら下げて、ディオナは大股で帰ってくる。彼女が地面に置いた獲物は、俺が仕留めたものよりも一回り大きかった。それを見比べて、俺は彼女に問う。
「どうしてあそこにモグラがいるって分かったんだ?」
土喰いモグラを仕留める時は、地面の僅かな隆起を見つけてあたりをつける。しかし、地表近くで寝ている間抜けな奴でなければ見つけられないし、それでもかなり微妙な違いであり、全然見当違いの場所に狙いをつけてしまうことも多々ある。
しかし、ディオナは畦道に立って畑を見渡しただけで、俺ですら分からなかった大物の居場所をすっぱりと見抜いていた。どういうカラクリなのか、目の当たりにした今でも全く予想がつかない芸当だった。
「なんでって、モグラがそこにいたから?」
驚く俺に対して、ディオナの返答はやけにあっさりとしたものだった。
モグラがそこにいた。言うだけなら簡単だが、どう考えてもそれを事前に察知することはできない。それとも、オーガ族は地面を透視することができるのだろうか。
俺の困惑を察したのか、ディオナは自分の額に手を向ける。
「たぶん、ツノのおかげ。オーガのツノは敏感だから、なんとなくどこに何があるのか分かる」
「そんな役割があったのか」
オーガ族の特徴でもある立派なツノは、ただ力を示すだけのものだと思っていた。しかし、本人たちもあまり分かっていないようではあるが、それは目や耳に次ぐ第六の感覚器でもあるらしい。
彼女たちはそれがあることで、人間族には感じられない微細なものを感じ取る。もしかしたら、地中で眠るモグラの魔力でも捉えているのだろうか。本人にも説明は難しいようだが、そのおかげで離れた場所からでも獲物の位置を正確に捉えられるのだ。
そういえば、ディオナは頭を撫でられるのは好きらしいが、ツノは全く触らせてくれない。少し手を近づけただけでも敏感に察して、ふいっと顔を背けてしまう。あれも、ツノが鋭敏な感覚器だからなのだろう。
「ダメだったか?」
ツノを使うのは卑怯だっただろうかとでも言うように、ディオナは不安げに俺を見上げる。
「いいや。むしろもっと活用できるようにするべきだ」
オーガ族のツノは、他の種族にはない大きな武器だ。そして、それは傭兵という職業でも強力に作用する。そのポテンシャルがどれほどのものか、人間族の俺には計り知れないが、今の段階でもかなりの力だ。
ディオナがこの鋭敏な感覚を使いこなせるようになれば、それは片腕を補って余りあるほどのものになるはずだ。
「ディオナ、お前は傭兵に向いてるよ」
宙へ軽やかに飛び上がり、突き刺した槍の上に留まる、卓越した身体能力。一撃で
オーガ族は、傭兵にもっとも適した種族なのかもしれない。
無邪気に破顔する少女を見て、俺は彼女を育てるということに強い希望の光を見出した。
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