第38話 対決(7)

 ラヴィのために腰から下に隙を作ってやったようなものだ。攻めも、振り下ろすしかないので単調になる。だが、カスティリナがその剣を振り下ろしてきたら、ラヴィは槍で受けるしかないし、先手を取るつもりならばラヴィはカスティリナの足あたりを狙ってこないといけない。相手の出方も限られる。

 ラヴィのほうが場数を踏んでいそうだ。それに、いままで気にしていなかったけれど、たぶんすこし歳上だ。

 だとしたら、考える時間をあまり与えないほうがいい。

 カスティリナは頭の上から撃ち込んだ。ラヴィは身をかわして避ける。この間合いでは近すぎて槍の穂先は使えない。

 カスティリナは剣を振り下ろさず、もう一度頭の上に上げて、また斜めにぐ。

 大振りしすぎた。ラヴィは同じほうにまた逃げ、カスティリナが剣を戻しているすきに左足を後ろに下げてカスティリナの体の正面を突いてきた。穂先が剣の下に入りこむ。

 「うわっ!」

 身をよじってなんとか避ける。カスティリナの体はラヴィの体の後ろに入って、後ろから撃つにはいい体勢だが、剣がついてこない。そしてラヴィは斜め後ろに槍を突いてきた。

 「ひいいっ!」

 こんな方向に槍を突く? 見えてもいないはずなのに。

 カスティリナは逃げる。思い切って逃げる。ばたばたと走る。

 ラヴィは追って来ない。義理で、二‐三歩、カスティリナのあとを追っただけだ。

 カスティリナは息が激しくなっている。ラヴィは平気だ。あの、気弱そうな顔でカスティリナの顔をうかがうように見ている。

 ラヴィが攻めてこないということは、ラヴィもまだカスティリナをめるやり方を考えつかないのだ。これは稽古けいこでも試合でもない。仕留められるならばすかさず仕留めに来るはずだ。

 カスティリナは、さっきラヴィがやっていたのと同じように、剣を下に構えた。

 そのまま、ゆっくりと歩いて間合いを詰めていく。

 ラヴィはまゆをひそめた。カスティリナが何を考えているかわからないのだろう。

 あたりまえだ。カスティリナ自身、何を考えているか自分でわかっていない。

 ラヴィがどう攻めてくるかしだいだが、もしラヴィも動かなければ、二人とも武器を下段に構えたままただ向かい合うという、いかにもやる気のなさそうな場面になる。

 その前に動きがあった。

 足音がいくつか、こちらに向かってきた。火が立ち上っている金庫のほうからだ。

 カスティリナとラヴィのあいだは、まだ十歩ぶんぐらい離れている。

 ラヴィは、ふっ、と左手の指を口にくわえ、指笛を吹いた。そのときにわざわざ目の下のほほに指を立ててから口に持っていったのは、あの黒装束を身につけていたときのくせか。

 ラヴィの指笛とともに、ラヴィに従っていた二人の手下もそれをまねて指笛を吹く。

 カスティリナには単調な音にしかきこえなかったが、音の高さとか長さとか抑揚よくようとかで、何かの合図になっているのだろう。

 指笛を吹いているあいだに体勢を整えれば有利に戦えたはずだ。でもカスティリナは黙って見ていた。

 ラヴィはカスティリナをちらっと見ると、いきなり走り出した。手下どもいっしょだ。

 「あっ! 待てっ!」

 カスティリナが追う。もし追って不都合ならば局長が止めるだろう。止めないということは、追ってもいいのだ。

 追って行くと金庫の前に出た。一つの建物がまるまる金庫で、それがいまの養生ようじょうとは較べものにならない大きな石造りの建物だ。三階建てぐらいの高さはあるだろう。そのなかから火の手が上がっていて、正面を半円形に傭兵たちが囲んでいる。傭兵は三十人か四十人はいる。

 逃げて行くラヴィに、ラヴィのほうに走ってきていた賊が合流する。ラヴィが合図すると手下の一人がまた指笛を吹いた。

 その合図に答えて、金庫の中からぞろぞろと盗賊どもが出て来た。人数は意外に少なくて十人ぐらいだ。その十人へと、まわりの傭兵たちが詰め寄っていく。

 「だめーっ!」

 カスティリナが後ろからわめいた。

 でも、遅かった。

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