第35話 対決(4)

 「いや、でも、あんなまりかたをするとは思ってもいなかった」

 ラヴィは通りのよくない声で言う。今朝カスティリナがきいたとおりの声だ。

 「逆さりになって、頭に血が上って、このまま死んでしまうんじゃないかと思った。だから、あのとき慌てて大騒ぎしてたのは、お芝居じゃなかった」

 それで、怒らないだろうか、とでも言うようにはにかみながらカスティリナを見ているのがかわいらしい。

 「だとしてもそれは好都合だった」

 局長が言う。

 「法務府に担ぎこまれても、次の朝まで何もしゃべらずにすんだ。そして、そのあいだに、あんたは夜のうちに法務府を歩き回り、この店の図面を見、たぶん金銀を隠すならばこの養生部だろうと見当までつけ、そして、「さびしい山」とかいう酒場に傭兵仲間が分散するように書類を偽造までした」

 「は?」

 驚いたのはカスティリナだ。

 でも、ラヴィが何も言わないところを見ると、そのとおりだったのだろう。

 「え? あの報告書まですり替えた、って?」

 局長とラヴィが顔を見合わせる。

 ラヴィは口をつぐんだままだ。局長が言う。

 「そうだ。いくらほかのことに気を取られているといっても、あのベニー法務官が報告書に目を通して、何度も出てくる酒場の名まえを覚えていないはずがない。最初に見たときには書いてなかったんだ。夜のうちに、書類は書き換えられた。やったかも知れないのは二人、一人は当直の書記生だが、書記生はそんなことはしないだろう。これからの出世の機会をふいにする。もう一人は、そのとき客間にいただれかだ。部屋の鍵や戸棚の鍵を開ける腕前はいま見せてもらったところだし、そのうえ、あの夜、この気候なのにあの部屋では暖炉に火を入れていて、すり替える前の書類を焼いてしまうことだってできた」

 ラヴィはだまってうなずく。そのとおりだったのだろう。

 「あ、いや」

 カスティリナは納得がいかない。

 ラヴィに対してではない。

 「だったら、そこまで気づいていながら、局長はどうしてその「寂しい山」ていにサパレスを行かせたりしたんです?」

 「いまここにサパレスがいたりしたら、話がややこしくなるだろう?」

 局長は得意そうに言って、カスティリナに笑って見せた。

 カスティリナは大きくため息をつく。

 悪い人だ。

 もっとも、傭兵は正義や法の味方ではないから、それでいいのかも知れないけれど。

 「それにさ」

 こんどはラヴィに言う。

 「だったら、どうして、朝、わたしが行く前に逃げ出さなかったわけ?」

 ラヴィは笑っているのか、それともどんな顔を見せていいのかわからないのか。

 目はじっとカスティリナに注ぎ続けている。カスティリナは続ける。

 「わたしにあの話をしなかったとしたら、いくら局長が頭がよくても、あんたが蒼蛇あおへびのヴァーリーだなんて気づかなかったはずだよ」

 「夜通し起きてたから、すこし寝ておきたかった」

 小さい声でラヴィは言う。

 なんだ、それは?

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