第34話 対決(3)

 もっとも、幻の少女の気配はいままでに較べてかすかだ。

 それほどの危険はないということだろうか。

 玄関のすりガラスの向こうに三人の人影が現れたとき、それは、爆発が起こったので商会の人がいちおう敷地の見回りに来たのではないかと思ったくらいだった。

 それほど自然に、その連中はやってきた。

 局長とカスティリナは身じろぎせずに待つ。

 玄関には鍵がかけてある。それだけでなく、入り口の内側はくさりをかけてあって、もう一つ錠前じょうまえがついている。

 前にやってきた者たちのうち、一人が前に進み出た。

 鍵穴に何かをさしこんだ様子が、すりガラス越しに見える。

 ほどなく、かちっ、と錠がまわり、鍵が開く。

 そのまま少し扉を引き開け、鎖を結んだ錠前に迷いなく手を伸ばして、そこにも何か細いものをさしこむ。錠前の鍵も、軽い音だけを残して開いた。

 錠前と、鎖とを、音もさせないまま玄関の向こうへと引っぱり出した。それは、やっぱり、ここの鍵の開けかたに慣れきっている古参の店員が見回りに来たかとかんちがいするほどだった。

 たしかに、これならば「音もさせずにするすると入ってくる蒼蛇あおへび」と言われても納得する。

 そして、相手はいきなり大きく戸を開いた。中に入る。一歩を踏み入れたところで、足を止めた。

 後ろの二人がすばやく逃げかける。前に立った賊が、手で合図して止める。

 賊は、ゆったりした黒い装束を着て、頭にも顔にも布を巻いて、わずかに目だけを出していた。

 あのときの夜盗やとう風の盗賊だ。

 シルヴァス局長がおもむろに立ち上がったので、カスティリナもそれについて立ち上がる。

 シルヴァス局長が親しげに声をかけた。

 「お待ちしていました、ヴァーリーさん」

 にこっと笑う。

 「さんづけで失礼でなければ、ですが」

 夜盗は、何も言わず、局長からカスティリナに目を移す。

 何を言うか待っている、という様子だ。

 カスティリナも笑顔で言った。

 「初めまして、と言いたいところだけれど、今朝、会ったばっかりだよね」

 夜盗の目の目尻が下がった。安心したような笑みが浮かぶ。

 カスティリナよりちょっと大柄らしい夜盗は、右手だけで器用にあたまのかぶりものを解いてしまった。それだけではなく、背のほうのひもを一人で右手だけで解いたらしく、夜盗風の上着も音もさせずに足もとに脱ぎ捨てた。

 下には、やっぱり黒くて、目立たない服を着ている。顔はにきびだらけで、目も鼻も口も造りが小さい。体には中途半端に肉がついているが、いまはそれが醜いとも思えなかった。

 それに、指先が器用なのだろうな、とは思っていたが、ここまでとは思わなかった。

 右手だけでやったのは、左手にはあの短い槍を持っているからだろうけれど。

 カスティリナが言う。

 「その紐がそんなにかんたんに解けるならば、跳び下りたら縄がうまく絞まるようにして太いはりから跳び下りて、助けを求める、なんてことも簡単だったよね、ラヴィ?」

 ラヴィは、ふっ、と気弱そうに笑った。

 ラヴィか、蒼蛇のヴァーリーか。

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