第30話 蒼蛇のヴァーリー(2)

 局長がカスティリナにこの鳥銃ちょうじゅうの見学に行けと言ったのは、カスティリナに仕事を与えないでほうっておくとそのラヴィという少女をさがしに行ってしまうと心配したからだ。それはわかっていた。

 たしかにラヴィのことは心配だ。

 だがすぐに殺されることはないと思う。殺すつもりならば、わざわざ連れ出したりしないで、法務府分局の部屋で殺していただろうから。

 もし蒼蛇あおへびの一味が局長の読みどおりにダンツィクを襲うとすれば、襲う前にラヴィを拷問にかけて法務府に何を話したかを聴き出し、聴いてしまったところで殺すかも知れない。

 そうなると助けようがない。しかし、カスティリナは、そうはならないのではないかと思う。

 昨日の取り乱しようからすれば、賊に連れ出されたラヴィは、やっぱり取り乱して、何もしゃべれなくなっているだろう。そのラヴィに……と思ったところでカスティリナは、あれっ、と思った。

 あの子は、法務府の分局の部屋ではおとなしくしていたが、カスティリナとシルヴァス局長に助けられるまでは、大声を出して暴れていた。

 あの客間から連れ出されたとして、どうしてそのとき暴れたり騒いだりしなかったのだろう?

 しかも、あの子はカスティリナより少し背が高い。肉づきもいい。暴れただけで取り押さえるのはたいへんなはずなのに。

 暴れただけで、あの太いはりを揺らすほどの力があるのだ、あの子には。

 そして、あの法務府分局の裏の広場には祭のしたくをしている人たちが大勢いた。

 ラヴィが暴れて大声を出したとすれば、その祭のしたくをしているだれかが気づく。それも、たぶん、大勢が。

 だとすると?

 連れ出されたとき、ラヴィが気を失っていたのだろうか。

 急所をなぐったか、息を詰めさせたか、薬をがせたか飲ませたか。

 蒼蛇が火薬を自分で作っていたとしたら、あの蒼蛇の仲間には薬種やくしゅ屋がいるのかも知れない。ラヴィも、あの仲間にはふだんはそれぞれの仕事を持っている連中がいたと話していた。その薬種屋が気を失わせる薬を盗賊に渡して、あの部屋に入ったところでラヴィに嗅がせた。

 しかし、気を失った、それもかなり大柄な女を担いであの壁を下りるのは難しいと思う。その垂れ幕の内側に何か仕掛けがあったのかも知れないけれど。

 別の考えも成り立つ。

 法務府分局に賊に内通している者がいて、それがだまして連れ出した。

 しかし、法務府に出仕しゅっしするときには、身分が低い書記生であっても身許を調べられる。それも徹底して調べられるという。

 もっとも、役人になってから悪に転落する者の話もきくから、そういう役人のなかに賊に内通するのがいないとは限らない。

 でも、それだったら、わざわざラヴィをカスティリナに会わせてから連れ出した理由がわからない。夜のうちに当直の目を盗んで連れ出すこともできただろうし、朝、まだだれも出勤してきていないうちに連れ出すこともできただろう。法務府にも人が増え、広場にも人出ひとでが多くなってから連れ出すというのはうまいやり方ではない。

 昨日、あの蒼蛇の一党はばらばらになっていた。それがまた集合して、その法務府のなかの裏切り者に命令を伝えるのが遅くなった。そういう説明も成り立たないではない。

 しかし、どちらの考えも、どことなく詰め切れていない。

 もっと単純なはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る